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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

卒業

どうして卒業式と云うだけで、ここまで盛り上がることができるのだろう。

不思議な感覚で、あたしはまわりを観察していた。別れるのがつらい、という理由だろうか。でも本当につらいのなら、別れなければいいじゃないか。いままでにように会えなくなる? 平日に逢えないのなら休日に逢えばいい。人間関係とは続けようと思えば続けていくことができる。何ら悲観的になる必要はない。

そんなことを考えている一点でよくわかるように、感傷的になっている集団の中にあって、あたしの反応は少々変わっていた。にまにま笑いだしたくなる頬を力任せに抑えつけていたのだ。

ああ、もうこの学校に通わなくてもいいのだ。

誤解しないでほしい、あたしはこの学校が好きだった。
食堂のメニューは豊富で安価な上もちろん美味しいし、図書館の本だってジャンルは多彩でいつでも借りることができた。学校の先生たちだって、話しのわかる人間が多かったと思っている。つまり上級の学校だと認識していたのだ。それでも、だ。もうこの場所に来なくてもいいことが、あいつに会わなくて済むことが――。

「先輩」

(げっ)

思わず呻いてしまった。卒業式では在校生代表として壇上に立っていた男の子が、HRを終え皆とカラオケに向かおうとするあたしを待ちかまえていた。
にこやかな笑みを浮かべて、とても大きな花束を持って。ああ、見事に絵になるところが恐ろしい。イケメン爆発しろ。こっそり呟きたくなったあたしは眉を寄せたまま訊ねた。

「どうしてここにいるのよ」
「生徒会メンバーの代表です。元生徒会長に花束を」
「どうして真っ赤な薔薇の花束なの」
「普通に可愛いだけの花束じゃ面白くないでしょう」
「どうしてあんただけが待ち構えているの」
「皆、気を遣ってくれたようで。……先輩、質問責めなところがまるで赤ずきんちゃんのようですね」

あの子のように狼に食べられたいんですか、と、ほざかれてあたしはまわり右をしそうになった。いかんいかん、校舎に戻ってしまってどうする。これからカラオケに行くのだ、マックにも向かうのだ。ところが悪友どもは生温かい笑みを浮かべて、次々とあたしの肩を叩いた。

「諦めなさい」
「そうそう、女は諦めが肝心」
「がんばってね、生徒会長さん」
「ありがとうございます」

待て待て待て! おまえたち、あたしとの友情をどこに放り棄ててきた。顔と頭と外面がいいだけのストーカー男に友人を押しつけようとする魂胆は人間として間違っていると思わないのか。

「ストーカーだなんて失礼よ」
「そうそう、一途な男心なんだから、ねえ?」
「一度薔薇の花束をもらってみたいと、乙女心を爆発させていたじゃないの。よかったわね、夢を叶えてもらって」

わあ、裏切り者。

じゃあね入学式で会いましょう、と女ども(この呼称で充分だ)はさっさと立ち去る。ありがとうございます、と朗らかに云い放った奴がこちらに向き直る。その直前にあたしは逃げ出そうかと考えた。でもどこに? 今までの実績がいやな突っ込みをかます。どこに逃げたってこいつは追いかけてくる。今までがそうだったじゃないか。……ん?

(どこに逃げたって、こいつは追いかけてくる?)

自分で考えた言葉に、いやな可能性が閃いた。ひくりと頬が動く。まさかまさかまさか。
いやな予感で冷や汗を流し始めたあたしの前にやってきて、やつはわずかに屈んで花束を差し出してきた。

「とりあえず、卒業おめでとうございます。これ、お祝いの花束です」
「あ、ありがとう」

荷物をひじに移して、両手を伸ばして受け取った。ふわりと甘やかな花の香りが鼻に届く。あ、いい匂い。少しだけ意識がゆるんだときを、狙い澄ましたかのように、やつは云い放った。

「来年からも後輩になる予定ですので、待っていてください」
「……まさか」
「ええ、同じ大学を受験します」

薔薇の似合う男はにっこりと笑った。今までに何度も見かけてきた笑顔だ。これにうっとりする少女もたくさんいたが、わたしには警報をかきならす笑顔だ。

だああっ、やっぱりぃぃぃっ。

さきほどちらりと過った可能性を肯定されて、あたしは頭を抱えたくなった。やつは今後もあたしの人生に関わってくるつもりだ。ううん、まとわりついてくるつもりだ。これまでの6年間、何とか逃げ切ったと云うのに、これでひとまず安心できると思っていたのに、これからまだ付きまとわれるのか。最終手段:彼氏を作る、を実行しようとしても無駄だ。友人たちはもうこいつの味方だ。彼氏を作ろうとしたらすぐに情報をこいつに流す。邪魔させる。いままでがそうだった。

(……どうしてそこまであたしに固執するかな)

たまらなく逃げ出したい気持ちが強いが、ほんの一部の気持ちで素朴な疑問を呟く。性格はともかく、顔も頭も外面も運動神経もよい男だ、どんな女もよりどりみどりだろう。ちなみにあたしは、性格がいいとか容姿がいいとか、そういう特徴はない。ごく普通に、目立たずひっそりと真面目に暮らしてきた。生まれながらに勝ち組な男が、あえてあたしにこだわる理由は何だろう。ちなみに、「好きだから」という理由は論外だ。そんなあいまいな理由が、ここまでの執着理由になるはずがない。人それぞれだと云われたらそれまでだけど。

「先輩?」

思ったより近くで響いた声に、見上げるよりも先に、行動していた。バックステップして、首を傾げる。予想以上に接近されていた。

「なに?」
「どうして女子大に行かなかったんですか?」

唐突な質問にあたしはきょとりと瞬く。なぜって行きたい大学を選んだだけなんだけど。
やつはポケットに手を突っ込んで、どこか嬉しそうな顔で続けた。

「俺を本気で避けたいなら共学ではなくて女子大に行くと云う方法もあったでしょう。どうしてですか?」
「馬鹿かあんたは。何であんたを避けるために進路を変えなくちゃいけないのよ」

即座に突っ込むと、楽しそうに笑い始める。驚いたような視線が集まってきた。
意外に笑い上戸であるところを、そうそう見せようとしない人間だと知っていた。仮にも生徒会で先輩後輩の関係にあったのだ。そのくらいの人間理解ができなければ、仕事を任せることなど出来はしない。目の前のこいつは有能ではあるけれど、やる気が偏っている厄介な奴だった。そのやる気を引き出すことにあたしはどれだけ苦労させられたか。

「だから、ですよ」

ふわり、とやわらかな微笑を浮かべた。綺麗な微笑み。不覚にも見惚れそうになって、慌ててあたしは気を引き締めた。いかんいかん、やつの微笑みは肉食獣の舌舐めずりと同じだ。惑わされてはならない。

「必ず捕まえますから、適度に諦めてくださいね?」
「諦められるか、大切な人生を」

学校から卒業できたのに、こいつからは卒業できないなんて冗談ではなかった。

006:卒業
(現代もの 執着している少年と執着されている少女)

なんだかベタな展開になりました。書いていてすごく楽しかったー! でもわたしにしては珍しいお話ではないかな、と思ったり。これまでも恋愛をほのめかすものは書いてきたけど、ここまであからさまなものは書いていない気がするよ!!

2011/07/16

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