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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

名前を呼んで

ずっと僕は待ち続けている――。

***

お行きください我らに構わず。
騎士たちが遺した言葉が、走る彼女の脳内で響いていた。ぼやける視界に、時折足を取られそうになる。だが躓いていられる状況ではない。向かう先は書物でしか見知らぬ場所であり、走り続けることに不安を覚えてもいたが、足を止めるなど論外だった。ここで彼女が見つかれば、すべてが無駄になる。父が、母が、姉が、騎士たちが。支払った犠牲が、意味を失う。だからひたすら彼女は走り続けた。

(必ず、助けるから)

すでに剣戟の音は聞こえない。そんな事実に泣き出しそうになりながら、彼女はようやく目的地に辿り着いた。まったく馴染みのない素材で作り上げられた部屋。資格のある者の前にしか開かないと云う、伝説が眠る場所だ。覚え込んだ知識にある通りに動いた。部屋が、生き返る。低く動き始める部屋に、気持ちがたまらなくせかされる。はやくはやくはやく! 祈るような気持で彼女は伝説が現れる様を見つめた。

―――かつて、たった一体で帝国を滅ぼしたと云う殺戮マシーン。

それが求める伝説だ。
圧倒的な力を有する侵略者に対抗するには、この存在を呼び起こすしかない。
だがいま、現れた姿に、彼女は言葉を失う。
伝説は、年若い少年の姿をしていた。人形のように秀麗な、細い体つきの子供は戦闘にではなく庇護されることこそふさわしく思える。やわらかそうな黒髪すら、それは壊れそうで―――。

(これが、……)

現れた伝説に、確かな失望を覚えた。
なんと弱々しい。この有様では敵に立ち向かえそうにない。
ああ、けれど。
立ち尽くした彼女は、これまでに支払った犠牲の数々を思い浮かべた。唇を結ぶ。むざむざと伝説に頼るしかない、そんな状況を招いた愚かな自分たちを知っている。 だが、それでもこの現実は残酷に過ぎた。犠牲は無駄になる。そう思った瞬間、どおぉおん、と爆発音が低く響いて建物全体が大きく揺れた。

―――ヨンデ。

そのとき、脳裏に滑り込んだ声には、誰何の必要はなかった。
とっさに出入り口を振り返っていた彼女は、再び、伝説の存在に目を向ける。頼りない、少年。瞼は閉じ、唇も動かない。

生きて、いない。

だが、彼が彼女を認めた。呼びかけた。
生きようとしているのか。眠りから目覚めようとしているのか。

この存在は、それを望むのか。

静かに呼吸を繰り返して、彼女はひと息に告げる。
書物に記された、伝説を呼び起こす名前を。短く頼りない、まるでこの存在そのもののような言葉を。

***

呼んでください、僕の名前を。
それはあなただけが使える呪文、あなたの敵を殲滅するためのことばなのだから。

008:名前を呼んで▼
(ファンタジー 戦闘機械人形と主となる姫君)

なにかの漫画で読んだフレーズだと思うのですけど、このお題を確認した途端、頭にぱっと浮かんだ文章があります。それがラストの2文なのですが、状況がまったくわからなかった。でも無性に気になって、この2文に合う状況を考えて作り上げたのが、この物語です。だから100%、オリジナルとは云い難い。でもちょっとシチュエーションは気に入りました。ちなみにこの戦闘機械人形は天然系で、突っ込み気質のお姫様にさんざん怒られる日常が待っています。しかし何の漫画だったんだろう……??

2011/07/18

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