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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

カーニバル

「はいはーい。こちら文芸部においては、学生たちが腕をふるった作品を公開しておりまーす。ただいま無料配布中。ぜひぜひぃ」
「こちらの料理部では、世界各国の料理をお楽しみいただけます。味は玄人も保証する美味しさ! お値段も保証いたしまーす」
「科学の実験。いかが。普段見ることのない、体験することのない神秘の世界にようこそ。ふふふ」

学園都市ルホテは、”賢者の海”に浮かぶ海上都市である。国というほど大きくなく、また、街というほど小さくはない。自由、自律、自制を三原則とした学園都市であり、その学び舎にはルナ全体から学究肌の人間が集まっている。またその性質上、いずれの国も属さない。もちろん今回の帝国の侵略にも無言を貫いている。そしてこのセレネにおいてはもっとも古い都市のひとつでもあるのだ。

「ただ、忘れていたよ。年に一度、ルホテの創立祭がある時には図書館は閉館になるってことをさ」
「どうするのだ?」

無事、ルホテに辿り着いた2人は、創立祭に参加する行商人たちと別れた。

この創立祭は一週間も続くお祭りで、普段、学問にはげんでいる学生たちが日頃の成果も発表しながら、お祭りを盛り上げようと意気込んでいる。その熱意は少々持て余してしまうたぐいのもので、人群れから外れた場所に来てようやく息をついた。そして案内板を見て、舌打ちしたところである。ルホテには貴重な書籍が集まっている。その管理上の問題から、創立祭の間は図書館に鍵が閉められるのだった。押し付けられた菓子を片手に魔女がアルセイドを見上げる。

疑問の眼差しを受けて、アルセイドは考え込んだ。だが、考え込むまでもなく、実は結論は出ている。

「こっそり忍び込もう」

魔女はまず、沈黙を持って応えた。

「たまに。たまに思うことがあるのだが、アルセイド、おまえは時々信じられないほど自己中心になるなあ」
「正規の手続きをとってしかるべき方法で閲覧してもいい。だがその場合、特別区域の本は見ることは出来ないと思うんだ」
「特別区域?」
「特別な本をおさめている区域。それこそ世界に一冊しかないような、あるいは、閲覧するには誓約書が必要となる本の類がおさめられている区域のことさ」
「なるほど。つまりおまえはその区域にある本にこそ、我々の求める知識があると思っているのだな?」
「後ろめたいことがあるからこそ、侵略の理由になるんじゃないのか?」
「さて、正確なところは当事者たちにしかわからぬが……エルフやドワーフの居住地などは、たしかに隠されているだろうな」

一応は人の耳を配慮した小声で会話を交わしつつ、それでも案内板にある通りに図書館に向かう。見張りの人間がいるかもしれない、という予想は、喜ばしい方向に裏切られた。扉の前に立つ。かつて幼いころに取得した技術で鍵を開ける。

あきれた様子を隠さない魔女を云い含めて、中に押し込んだ。再び扉の鍵を閉める。そして植木に隠れた部分の窓をこつこつ、と叩いた。窓が開かれる。魔女の助けを得て、図書館に忍び込んだ。薄幕に日光を遮られた、ほの暗い空間がアルセイドを迎える。この場所ばかりは、喧騒から縁遠い。

「おまえの育成環境に興味がわいてきたぞ、アルセイド」
「なんだ、いきなり」
「ただの自警団の人間が、どうしてここまで犯罪行為に手慣れているのだ?」
「取り締まる側だとな、それなりにやり口に対する知識が増えてくるんだよ」
「それだけではあるまい」
「……親がいない子供なんて、生きていく道は限られているだろ?」

ふいをつかれた表情で魔女は黙り込む。そんな会話をこなしながらも、アルセイドは図書館内の案内板を探していた。嗅ぎ慣れない書物の匂いが静かな雰囲気を彩っている。ようやく目的のそれを見つけ、立ち入り禁止の区域を探した。とはいえ、わざわざ立ち入り禁止、と書いてあるはずもない。おおよその蔵書の場所を覚えこみ、そして空いている空間に検討をつけるだけの話だ。

「このセレネの表面積は、ガイアのわずか7.4%だった」
「なんだ、唐突に」
「わたしの覚えている知識を口に出しているだけだ。いいから黙って聞いていろ」
「はいはい。――それで?」
「だからこそ、セレネにかけられた魔法は、セレネの構造を根本から変えかねないものとなっていた。当然だな、人類を受け入れるという決定をしたとしても、充分な数だけ人を住まわせるにはこのセレネは狭い。それに人間への嫌悪の感情から、中には地下に降りた種族もある。それがドワーフだ」
「竜族は海中に住んでいたな。そしてドワーフは、地下に降りた、か」

アルセイドは、これまでの人生の中で人類以外の種族とまみえたことはない。竜族との出会いはこの魔女と出会ってからもたらされたものだ。だがそれも不思議はないと思える。あちらの種族が、見事に人類を避けて暮らしているのだ。なんとはなしに沈む想いを自覚しつつ、疑問に思った点を口に出す。

「ならばエルフは? 彼らもまた地下に潜ったのか?」
「そういう選択をした者もいた。だが本来は地上に住まう種族なのでな。人間たちと地上を分け合うことに同意したはずだ」

もっとも、と、魔女はかすかに眉を寄せる。

「かつての、初めの話し合いの時ですら、帝国皇帝とエルフの長は反目し合っていたから、正確なところは断言できないが」
「最悪、滅ぼされた可能性もある、か? だが」
「ああ。いま、帝国皇帝に仕えている宰相は、エルフの長の姓を名乗っている」

そこで魔女は気付いたように言葉を切った。おかしいな、と、呟く。

「なぜ、イストールとやらは、個人名を名乗らないのだ?」
「? エルフの名前は、ひとつだけではないのか?」
「そのあたりは人間と似ているのだ。姓と名、同じように命名する。フィリシア・イストール、というのがわたしの知るエルフの長だ」
「不思議だな。ガイアとセレネ、隔てられているのに文化は似ているなんて」
「云っただろう、竜族はガイアに赴くことはあったと。エルフもドワーフも同じさ。人類を嫌っていても、ガイアは愛されていた」
「ガイア、か」

青き月、ガイア。正直なところ、知らぬ地への好意を知らされてもアルセイドには困惑するしかない。
アルセイドにとって、住む場所とはこのセレネだ。美しいと感じる場所も、愛すべき場所も、このセレネの大地である。それが偽りの魔法をかけられていたのだとしても――。さらに沈みこむ心地を自覚し、ふっきるように顔をあげた。

目的の場所に辿り着いたのだ。だが、扉がわずかに開いている。
そして人の話し声がはっきりと聞こえてきたのだ。

とっさに魔女と視線を交わし合っていた。アルセイドの目配せを受けて、魔女は本棚の一角にそっと姿を隠す。アルセイドは可能な限り、気配を殺して開いた扉に近づいた。先程よりも、よりはっきりと声が聞こえる。落ち着いた響きの、男の声だ。

「では、魔女に関する文献はこの区域にも残されていないと?」

どこかで聞き覚えのある――、そう思った瞬間、飄然とした男の姿が脳裏に浮かんだ。グレイだ。同じ行商に護衛として雇われていた男、あの男がなぜか、この図書館の、それも特別区域の中にいる。

アルセイドは顔をこわばらせ、まずは引くことを考えた。この段階で、すでにグレイという傭兵への不審は決定的なものになっている。いま、あの男は魔女という単語を口に出した。いま、その単語を口に出して平然としていられる人間は、ただひとつの可能性に辿り着く。すなわち、帝国の軍部における人間ということだ。

「はい。おそれながら、ミカドさま。皮肉なことにその存在に最も詳しいのは帝国宰相閣下でいらっしゃるかと存じます」
「やれやれ。中立をよしとする、学園都市もこのありさまかよ。――ところで、」

ふいに大きく張り上げられた声に、ぎくりと身体を固めた。かつかつ、と足早に歩く足音が響き、バタンと扉が大きく開かれる。室内から照らし出された姿は、やはり馴染み深かった傭兵グレイのものだった。ゆっくりと灰色の瞳がアルセイドを捕らえる。すぅっと目を細め、険呑にアルセイドに笑いかける。

「面白いな。学園に入学する、と云っていたおまえが、なぜこの時期にこの場所にいる?」
「俺も同じことを訊きたい。護衛の仕事を終えたらすぐにこの都市を離れると云っていたあんたが、なぜまだこの場所に、特別区域にいる」
「特別区域? ……なるほど」

グレイはあたりを見回し、声を張り上げた。

「いるんだろう、嬢ちゃん。兄貴の命が惜しければ、おとなしく出てきな」
「出るな!」

アルセイドの言葉は聞こえていただろうに、しばらくの沈黙を置いて、魔女は姿を現した。
張り詰めた表情でグレイを見つめている。

「やはりおまえ、嘘をついておったのだな」
「おーや、気付いていたのかい。侮れねえなあ。でも嘘をついていたのはお互いさま。おまえさんたち、兄妹なんかじゃねえんだろ?」

アルセイドと魔女は共に言葉につまる。素直だねえ、と楽しげにグレイは告げた。さて、と背後を振り返る。
その姿にすら、おそろしいほど隙がない。アルセイドはそれでも近寄ってきた魔女の腕を掴み、背後にかばった。意味がない行為だ。わかっている。

それでも。

「侵入者に対する対処は、俺に任せてもらえないかな、館長さん」
「おそれながら、その権限はわたくしにはございません」

すらりとした美貌の女が現れる。金髪をひとつにまとめた知的な雰囲気をまとった女だ。
ですが、と、女は静かな口調で言葉を続ける。

「本来この場にいないはずの者同士のやり取りは、その者同士に委ねるしかありませんわね。わたくしはただ、館長として見回りに来たに過ぎませんし」
「いいねえ。あんたのそういうところが好きだぜ」
「戯言が聞こえてきて不快ですから、さっさとこの場は立ち去ることといたしましょう」

そういって、女は本当にその場を立ち去る。にやりと、グレイは笑った。

「そういうわけだ。無断侵入者さんたちよ、大人しく俺についてきてもらえるかい。色々と訊きたいことも出来たしな」

ぐっとアルセイドは拳を握りしめた。背後から進み出た魔女が、きつい眼差しでグレイを見つめる。

「ならばせめて、おまえの真名をうかがおう。グレイという名は偽りの名であるのだろう?」
「お安い御用。ミカド。ミカド・ヒロユキ、っていうんだ。よろしくな、嬢ちゃん」

アルセイドは強く瞑目する。記憶が正しければ、それは帝国六大将軍のうち、1人の名前だった。

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