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公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

海賊の島

セレネ全体にかけられた魔法が途切れるまでに、人類、魔法使い、妖精、竜族、ドワーフ、エルフ、すべての種族<スティグマ>の和を成す。そしてガイアより訪れた種族をガイアに戻し、セレネに本来住んでいた種族にこのセレネを返還する。それがアルセイドの最終的な目標だ。

だからこのようなことをしている暇など、本来はないはずなのだ。

「……魔女」
「云いたいことはわかっておるぞ」
「それでも云いたいという気持ちがあることを知っているか」
「……想像は、出来る」

ぐるぐる巻きに縛られたアルセイドは、ちらりと隣に冷たい視線を向けた。受け止める魔女は珍しくいたたまれない様子だ。

それもそうだろう。テンソウソウチとやらで皇宮から抜け出すことが出来た。
それはいい。想像もできない体験だった。

だがその抜け出した先が、悪辣な海賊たちが住まう島だったという事実に、ひと言云いたくなる気持ちは仕方ないだろう。いや、実際には一言どころではなく、気が済むまで云ってやりたいのだが。

「よおよお、なーにを話してんだよおまえさんたち」
「しっかし莫迦だねえおまえたち。よりにもよって海賊の島に辿り着くなんて。間抜けもいいところだぜ」
「まあいずれにしても身代金はがっぽりいただくぜ」
「それまでは大事に扱ってやるから安心しな」

かつて見知った船乗りたちとは似て非なる、海の男たちがアルセイドたちに語りかける。

いかにも荒々しい男たちに囲まれ、怯えるかと思った魔女は平然としていたから安心した。だが身代金はどこに請求するつもりなのだろう。アルセイドの従者服、魔女のドレスから海賊たちが誤解していることはわかっていたが、まさか皇宮ではあるまい。

アルセイドはうっかりそんな想像してしまって、額を抑えたくなった。
自分たちのために身代金を支払う帝国皇帝。あり得ない。

「まあ、いずれにしてもお頭が戻ってくることを待つしかないってか」
「そらそうだ。お頭はデキル男だから人質には手荒なまねをするな、っていうにきまっているぜ」
「いつ頃戻ってくるって?」
「じきにさ。それしかしらね。気に入りのなんたらがなくなったから補充するとかいっていたなあ」

だがともあれ、このようにとらわれたのならば、逃げ出す方法を考えなければなるまい。

だからアルセイドは先程から思考を重ねているのだが、きつく縛られた両手の痛みが集中力を妨げる。背中あわせに結ばれている魔女が、顔を振り返らせて、こそりとささやきかけてきた。

「ところでどうする、アルセイド。縄抜けして逃げ出すとしてもこの数だ。あっという間に捕まるぞ」
「縄抜け、出来るのか」
「まあ、そのくらいはな。繰り返しになるが、それから先が問題だ」
「いや、こいつらのリーダーを捕まえて人質にする、という手もある」
「強いぞお、お頭は」

こそこそした会話に突然割り込まれ、ぎょっとアルセイドと魔女は顔をあげた。
にやにやと笑っている男たちは、2人の会話をすっかり聞いていたようだ。おい、縄じゃなくて鎖にしろ、という声を聞いて、魔女が唇を噛む。それではどう考えても逃げようがないと考えているのだろう。

だがアルセイドは落ち着き払って質問してみた。

「ちなみに俺たちの身代金を払うやつがいない場合はどうするんだ?」
「もちろん、人身売買さ」

シンプルな答えである。

思わず唇をひきつらせると、とたんに男たちは笑い始めた。ふう、と魔女は溜息をつき、遥か遠くの空を見つめた。皇宮ではない、別の方向だ。気になりつつも、アルセイドは思考を進める。

とにかく身代金を支払う存在はいない。だとしたら人身売買、というが、その際に逃げ出す方法はありはしないか。過去の記憶を掘り起こしたが、役に立ちそうなものはない。万事休すと云えた。

ところがざわめきがそこで起こる。男たちの背後からだ。

お頭が戻ってきた、そんなざわめきすら聞こえる。いよいよ、自分たちの運命を決める男の登場か、と気を引き締めた。魔女も視線を移し、割れていく男たちの群れを見つめている。

「新しい人質を見つけたようだね」

そんな、海賊には似合わぬ言葉遣いと共に現れたのは、荒くれ男を率いるとは思えない優男だった。
いや、体格はいい。だがそうは思えないほど細身に見える。そして丁寧に解き流した髪と格好が、明らかにまわりの男たちとは一線を画していた。そしてなにより、面白がるように向けてきた検分の眼差しには、なんともいえぬ気品と余裕がある。

「ふうん、少年と少女、か。たしかに良家の子供のような格好だな」

そう云いながらまずはアルセイドを見つめ、そして魔女を見つめる。

魔女は恐れる様子もなく、まっすぐに男を見返した。するとどうしたことか、海賊の頭は魔女を見つめて微笑んだ。アルセイドはそれを見て、なんともいえぬ、いやな予感を覚えた。

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