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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

辺りの住民はその塔のことを「天空の塔」と呼んでいるらしい。天空に届くほどの高さであるから、と云うのがその理由なのだが、魔女にはいささか安直な理由付けだと感じられる。

だからと云って、別の名前が思いつくかと云えば思いつくわけではない。あえて、ということならば、「星船」と名付けるだろう。これもまた安直な理由ではあるのだが、その魔法使いが住む塔とやらは、魔女には船にしか見えなかったからだ。かつて、ガイアとルナとを行き来していた船――宇宙船である。それがそのまま地面に突き刺さっている。大胆と笑うべきか、大雑把と怒るべきか、魔女は反応の選択に困惑してしまった。

さすがに流れる歳月のためか、銀色のきらめきは消え去っており、翠色の蔦がその塔を覆っている。ぐるりと回ってみたものの、入り口がどこにあるかも不明であり、これは何年も、下手をしたら何十年も魔法使いはこの塔に戻っていないのではないかと思われた。

そういえば、と、眠りに入る前の記憶を呼び起こす。間違っても、建造物の中で閉じこもったままでいる人物ではなかった。むしろ活発に、世界中を巡っていそうな人物だったように思う。なのに、ドワーフの村で聞いた情報を頼りにしてしまった。自分を罵りながら、魔女は手掛かりを求めて蔦を観察した。ぎっしりと生えているそれは、塔の形を変えるほど密集しているわけではない。となれば元の形もわかる。

「GS-50タイプか」

それは1人用の宇宙船シリーズのひとつの名前だった。
ともあれGSタイプなら外から内側に入る非常口があるはずである。

あとずさり、全体の形を確認した。よし、とひとつ頷いた魔女は見当をつけた辺りの蔦をはがしにかかる。その下に真四角なレバー装置があるはずなのだ。びり、びり、びり。心の中で詫びながら、蔦を払っていく。金属製の地肌が見えた。四角いレバーは見えない。別の場所か。再び後ずさりし、見当をつけた辺りの蔦をはがしにかかる。足元に無残な蔦が積み上げられ、さすがに心が痛んだ。

「これは自然破壊、と云うものになるのか」

思わず口に出していた。ふう、とため息をついて、塔から離れようとした時、

『それで俺に逢うのをあきらめちまうのかい、ネトル』

聞き覚えのある、懐かしい声が響いた。はっと気がつけば、半透明の映像がそこに浮かびあがっている。
吟遊詩人の格好をしているが、間違いない、魔法使いだった。

「諦めるもなにも」

胸にあふれる懐かしさに声を詰まらせながら、魔女は応えた。

「おまえはここにはおらぬのであろう、スカール」
「いいや? そうでもないさ」

その声は肉声で聞こえた。落ち着いた足取りで歩み寄ってくる男がいる。魔女は目を見開いた。彼はその腕に懐かしいものを抱いていたのだ。銀色の、丸い召使、――永遠の別れを告げたはずの忠実な召使ロボットだ。

「エターナル!」
「マスター!」

ぴょん、と、丸いロボットは男の腕から飛び降りる。飛び跳ねるような動きで腕の中に飛び込んできた。
やわらかくもなく、また、かおりもしない存在ではあるが、その感触に涙がこぼれそうになる。だが複雑な声音で告げた。

「再びおまえに会えるとは思わなかったぞ」
「魔法使いが連れてきてくださいました」
「そうか。――礼を云っておこう」
「感動の再会だな。ついでに俺の腕の中にも飛び込んでおくか?」

つん、と魔女は顎を上げた。

「わたしはすでに夫がいる身。それを承知で云っているのならば図々しいの」

その言葉に、ふと魔法使いは浮かべていた笑みを消した。帽子を脱いで、深々と頭を下げる。

「この度は、長殿の最後の瞬間に駆け付けることもなく、大変失礼した」
「よいのじゃ。なにしろ急なことであったもの。わたし自身が間に合ったことだけでも僥倖だった」
「……そうだな」

温かな共感の笑みを浮かべて、魔法使いは塔を近づいた。開閉、と呟くと、ごごご、と塔は低い音を立て、蔦が引きちぎられていく。現れた塔の内部に魔女を招こうとしたものだから、彼女は慌てて口を開いた。

「その前に話したいことがある」
「なんだ?」
「わたしがすでにここにおる、その事実をわかっておろう」
「ああ。この塔の出番も再びやってきたともわかっているさ」
「であるからこそ、スティグマの和を成さねばならぬ。魔法使いとしてのそなたに問う。スティグマの和の一環となるつもりはあるか」

くすりと笑って、魔法使いは振り返った。その唇には揶揄の笑みがある。

「スティグマの和とは大きく出たな。それに、おまえはなにもしてはいけない役割ではなかったか?」
「長針がわたしを動かした。ただ、人に運命を委ねるだけではならぬと。待つだけではならぬとわたしは感じたのだ」
「なるほど。長針か。おまえの夫君が定めた、おまえの、――運命の相手だな」

運命の相手? 思いがけない言葉を聞いたと魔女は目を見開いた。
珍妙な言葉を云ったあと、魔法使いは軽妙な気配を取り戻し、「ま、入れよ」と塔の内側に招く。エターナルを抱いた魔女は素直にその後に続いた。

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