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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

魔法使い

夜が明けた。魔女と出会ってからのすべて、知ることのすべてを話し終えたアルセイドは、予想外に受け入れられたことに驚いた。世界が滅びにむかっている、などとは、常人には到底信じがたい話のはずだ。

ただ、シュナール老の傍らにいた女が告げた言葉によって、にわかに信憑性が増したのだ。この世界の砂漠化が急激に始まっている、というその言葉は、レジスタンスの面々をもうならせた。

「方向性を変える必要があるかのう」

シュナール老が呟き、レジスタンスの面々が頷く。受け入れられた。それが信じられなかったのだが、ひとまず、娼館から宿に戻ることが許された。連れとして共にやってきた男とアジトを出る。白々と曙光が辺りに伸びている。ふと、魔女を思い出し微笑んでいた。

『おまえが長針か』

その時、印象的な声が響いた。

不思議な響きの声だ、と思い、長針と云う呼びかけに表情を引き締める。視線を巡らせ、アルセイドはその男を見つけた。そして、その腕の中で力なく抱きあげられている魔女の姿をも。「なっ」、驚きの声を漏らし、傍らの男が硬直する。アルセイドはとっさに剣を抜いていた。ふい、と面白がるように男は端整な口元に笑みを刻む。魔女はことりとも動かない。ぴたりと剣を突き付ける。

「きさま、そいつになにをした!」
『誰何より先に、魔女の安否を気遣う、か。スティグマの和を成そうとするものとしてはうかつとしか云いようがないな』
「……魔法使い、か?」

困惑の言葉をひねり出した。

よくよく見れば、その姿はうっすらと透けている。姿は見えても存在感がないのだ。だが。
引き締めた表情に厳しさを加えて、魔女を抱えている男を睨みつけた。

「魔女とおまえは友人関係にあったと聞く。その魔女がなぜ、ぐったりとおまえに抱えられているんだ!」
『このセレネに時間を与えるためさ』
「なに……」
『そういう意味では、おまえにも眠っていてもらった方がいいんだがな』

硬直していた男が動く。アルセイドの前に立ち、同じく抜き払った剣を構える。
ふ、と、魔法使いは楽しげに笑う。

アルセイドは驚いたが、男の腕に手をかけて頷いた。気遣わしげな眼差しに、はっきりと頷いて見せる。
そして魔法使いに向き直った。

「ルナに時間を与えるためとはどういうことだ。その為に魔女になにをした!」
『頭の回転が遅いな、長針。ガイアの回復と連動し、消滅しつつあるこのセレネの魔法消滅を遅らせるために決まっているだろう?』

短針と長針。竜族がかけた魔法において、共にガイアの回復を示す指針となる者。魔法はガイアの回復が完全になされたときに消え去るのだ。――そうと聞かされて、アルセイド自身は魔女が眠っている理由をようやく理解する。だが、同時に、いぶかしさも覚えた。

魔法使いとエルフは私が説得してこよう。そう語っていた魔女が、あっさりとそれを放棄するだろうか。

「ひとつ、訊きたい」
『なんだ?』
「魔女は、そいつは自分から眠りにつくと云ったのか?」
『いいや?』

ますます愉快そうに魔法使いは言葉を紡ぐ。
無理矢理に眠らされたのだ。そうと悟り、アルセイドはかっと叫ぶ。

「そいつから手を離せ! たとえおまえの行動が正しくとも、そいつの意思を無視していい理由はどこにもないっ」
『なるほど。……本物だな、おまえは』

魔法使いの眼差しが腕の中の魔女に向かう。その眼差しにこそアルセイドは衝撃を覚えた。まるで愛する女を見つめるような眼差し、――この男が真の意味で魔女を傷つけることはしない。同時にその事実をも悟らされ、ぎゅっと拳を握った。

だが、それはちがう。アルセイドの内側から主張する声が強く主張した。傷つけることは確かにしないのかもしれない。だが、あの魔女の意思を無視していい理由だろうか。

それは違う、とアルセイドは思う。まっすぐに魔法使いを見つめ、詰問の調子で言葉を紡いだ。

「おまえは、天空の塔にいるんだったな」
『そうと知ってどうする? スティグマの和を成す、と云う目的を放り出して、魔女を悪辣な魔法使いから救出するとでも?』
「俺はなにも放り出さない。スティグマの和を成すと云う目的も、そして、魔女自身もだ!」

魔女が、セレネから魔法が消えていくことを哀しんでいた事実を悟っている。
不老不死でもない、人間であるにもかかわらず竜族に嫁いだ娘は、魔法が消えたらセレネにはいられなくなる。人間から迫害された娘は、そして心開いた竜族と引き離されるのだ。だからこそ同じようにセレネに対し愛着を持っていた。その為に出来ることとして、魔法使いとエルフの説得を選んでくれていたのだ。その心を踏みにじりたくはない。

踏みにじらせたくは、ない。

「魔女を起こせ。セレネにかけられた魔法消滅がそれで速まるということはないだろう」
『だから本物と云ったのさ、おまえはな』
「なに?」

いぶかしんだアルセイドに対し、魔女は起こさない、と魔法使いは云い放った。剣を握る手に力を込めてしまう。だがそれは無駄な行為だと悟っていた。ここに魔法使いがいるわけではない。魔女を取り戻し、起こしてやることも出来ない。くつくつと魔法使いは笑う。嘲りの笑いかと思えば、そうではない、と感じ取る。楽しげな、それでいて複雑なものも含んでいた。

『まあいい。これで気が済んだ。この後、スティグマの和を成すと云うおまえの言動、見守らせてもらおう』
「っ、待て!」

彼は慌てて叫んだが、すっと魔法使いと魔女の姿はかき消えてしまった。
慌てて駆け寄ったものの、温もりの片鱗すらない。

アルセイド、と傍らの男に呼びかけられ、力なく剣を鞘におさめる。
チン、と響いた音が、朝の空気の中、むなしく聞こえた。

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