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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

死神

大したものだな、とアルセイドはあっけなく辿り着いたエルフの街で独りごちた。瞬時に場所を移動させるという「魔法」の道具をエルフの代表者から受け取っていたのだが、2度目の使用時には、拍子抜けするほどなめらかに空中を泳いだ。肩からイストールを落とし、地面に横たえる。既にアルセイドたちはエルフたちの注目を集めている。じきに代表者の元にも情報がいくだろう。

それよりも気がかりなのは、ずっと沈黙したままの魔女の様子だった。右手をじっと見つめたまま、ピクリとも動きやしない。声をかけようか、かけるまいか。迷った挙句に、かけることにした。なにより、思った事をそのまま口に出す彼女が沈黙しているのは少々不気味だ。

「どうしたんだ?」
「いままで云わなかったことがある、アルセイド」

まるで問われることを待っていたかのように、魔女は口火を切った。
珍しく思いつめた表情である。何事かと向き直った。

「セレネの魔法消滅は、竜族がかけた魔法に組み込まれた理だった」
「ああ」

そのあたりのことは、専門外であるからこそ、アルセイドも曖昧な答えしか返せない。
さらに魔女の言葉は続く。

「その魔法消滅のきっかけとは、ガイア回復の指針となる時計の完成。すなわち、短針と長針が出会うことだ。ガイアがある程度回復した頃に短針が目覚め、そして長針を見つけた瞬間からセレネの魔法は消滅に向かう。つまりわたしたちが出会ったからこそ、セレネは死の世界に向かうのだよ、アルセイド」

ひどく思いつめた様子の魔女をまじまじと見つめ、アルセイドはふっと微笑を閃かせた。
なにを云いだすのか、と思った。そして、また馬鹿なことを云いだしたな、とも考えた。
それならば俺たちは出会わなければよかったのか、などと不毛な反問はアルセイドはしない。その代わり、ひとつだけ訊いた。

「それで、時間を戻す魔法は竜族は使えるのか?」
「……いや」
「ならば無駄な仮定だな。魔女、いま、そんな仮定をもてあそぶ暇が俺たちにあるのか?」

はっきりと云ってやると、魔女は驚いた様子を見せた。沈黙のまま、彼女の言葉を待つ。
本当に云いたいことは、そんなことではあるまい。黙っていると、ようやく彼女は重そうな口を開いた。

「わたしは、なにもしない方が良かったのだろうか」
「なにもしなかったら、俺はここに生きてはいないな」

慰めでもなく、否定でもなく、ただ、事実を突き付けてやる。
はっと魔女が顔を上げるものだから、わざと顔をしかめてやった。

「それともおまえは、俺が死んだ方が良かったのか?」
「そんなことはない!」
「そういうと思った」

思わず、といった様子で叫んだ魔女に笑いかけてみせる。魔女は二度三度目を瞬かせて、そして困ったように唇の端をあげた。

「おまえ、わたしを試したな?」
「まさか。本音でもあるさ。命の恩人に、『あの時お前を助けるのではなかった』と云われたら、さすがに俺もへこむんでね」
「そうだな。悪かった」
「仲睦まじいのですね、今代の長針と魔女どのは」

唐突に割り込んだ声は、足元に横たわるイストールのものだった。まぶたを開けて、2人を眺めている。顔をしかめながら体を起こし、自分たちを見ているエルフたちを見つめた。空を見上げる。太陽の位置を図っているのだ、と知って、目を細めた。

「云っておくが、帝国軍とはいえ、ここは攻め込んだりできない場所だぞ」
「知っていますよ。ついでに云うなら場所もね。なぜなら、わたしが帝国宰相なのですから」

25年前に、イストールが単身でこの街に訪れたという話を思い出した。
アルセイドは口ごもり、イストールは魔女を見つめる。

「あなたがいなければ、と思ったことはありますよ、魔女どの」
「そうだろうな」

穏やかに魔女はイストールの恨み事を受け止める。だがそれきりイストールは黙り込んだ。深く溜息をつく。
訪れるつもりはなかったのに、と云うつぶやきが聞こえた。やがて顔をあげた先には、エルフの代表者が立っている。帝国宰相たるイストール、エルフの代表者であるイストール、血族たる2人はこうして見比べると非常によく似ていた。

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