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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

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四月馬鹿の話

エイプリルフールは嫌いだ。毎年、この日に盛り上がる友人を眺めてわたしは呆れている。なんでそんなに嘘をつきたがるかね。冷たく告げたら、友人はきょとんとして、にかっと笑う。

「だって楽しいだろー? 嘘だってわかりきっているのに、右往左往するやつらの反応がさ」
「この日に限らなくても、良心の呵責もなく嘘を吐きだしている男らしい言葉だね」
「あらら、手厳しい」

そっけなくいえば、答えた様子もなく友人はへろりと笑った。ああ、やっぱり嫌い。わたしはその笑顔を見て、心の中で強くつぶやいた。面倒くさい友人を、これ以上、調子に乗せないでくれないか。誰が始めたのか、さっぱり知らないけれど、エイプリルフールを始めたやつに文句を云ってやりたい。

そもそも、と考える。エイプリルフールの嘘には、ユーモアが必須だと思うのだ。

嘘だとわかりきっているのに、くすっと笑ってしまうような、ひねりがあるからこそ、祭りだと笑える。日本人には不得意なジャンルじゃないのか。なのに無理して挑もうとする人間が、なんて多いんだろう。笑うべきなのか、笑うべきなのか!? でもユーモアのかけらもない嘘に笑えるはずがない。むしろ、「無理すんなよ」と肩を叩きたくなる。そんな自分を不自然だと感じるから、だからエイプリルフールは嫌いだ。余計な気を使わせないでほしい。

だがこの友人に限れば、容赦なくこぶしをふるいたくなる。

「もしもし、かよちゃーん? 昨日ぶりー、うんうん、好きだよー、おれも」
「あ、リサちゃん。なんだよ、電話しちゃまずかった? そんなことない。うん、そういってくれると思ってた。用事はないんだ、ただ、好きだって云いたくなっただけだよーん」
「陽子さん、ひさしぶり。うん? なんだ、そんなこと。いくらでも言ってあげるよ。……好きだよ」

友人の口からこぼれる「嘘」に、わたしのこぶしが震える。人間失格、女の敵。わたしの脳裏にはぴかぴかとそういう言葉が点滅している。嘘だとわかりきっているだろ、好きなんて。冷やかに告げる友人の主張はこうだ。本当に好きなら、簡単に口に出せるはずもない。ただ、かわいい女の子の気持ちを盛り上げるためのリップサービスさ。秀麗な容貌に皮肉な色をたたえて、友人は突き放すように云う。

「お待たせ。じゃあ、行こうか」

ぴ、と携帯を閉じて、友人はわたしを振り返る。たまたま時間が合ったから、一緒に夕食する流れになったのだ。ただ、相変わらずろくでもない友人の言動に、もはやぐったりしているわたしはこめかみを押さえながら、口を開いていた。

「いちおう、おまえを大切な友達だと思っているけどな、そういうところは嫌いだ」
「えー。それってエイプリルフール?」
「ばか。本気の本気だ」

言い捨てて、さっさと先を歩く。ああ、本当に疲れる。焼き肉を食べに行く予定だったが、あっさりしたものを食べたいな。たとえばベトナム料理とか。考えていると、友人がついてきていない事実に気づく。どうした、と振り返れば、いつもの表情を消した友人が立ち尽くしている。

一日最後の光を横顔で受け止めている友人は、はっとするほど鋭く、それでいてきれいに見えた。

「おい? さっさと、」
「おれも嫌いだよ。おれのことを大切な友人だといいはる女なんてね」

突き刺すような鋭利な口調が、わたしから呼吸を奪った。

(きらい?)

だれが、だれを? ゆっくりと歩み寄ってきた友人は、深いまなざしでわたしを見つめる。いつになくまじめで、それでいて切なそうなまなざしには、呆然としたわたしが映っているのだろうか。

(きらい? おまえが、わたしを?)

くす、と友人は笑った。いたずらめいて、それでいて、許容したような笑みを浮かべて、わたしの腕に自分の腕をからませる。にぱっといつもの表情を浮かべて、わたしを覗き込んできた。

「なーんてね、冗談だよ。好きだよー、だから今夜はおごって!」
「……馬鹿だろう、おまえ。清貧のわたしにたかろうとするな」

どくどくと心臓が音を立てている。なぜだろう、なんて、つぶやく余裕なんてどこにもなくて。

(エイプリルフールは嫌いだ)

動揺した理由に気付いたわたしは、負け惜しみのように心の中でつぶやいた。
嘘なのに。嘘だからこそ期待しそうになる自分を気付かせた日なんて、大っ嫌いだ。

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