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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

friends

友達親子って知ってる?

テレビを眺めながらそう問いかけると、なんだそれ、という言葉が返ってくる。親が親としての威厳を捨てて、友達のように子供と接することが増えているんだってさ。へえ、と応える一浩の答えを聞きながら、わたしはテレビの電源を切った。友達親子ねえ、と、呟く。世の中、新しい言葉が増えていくものだ。

日曜日の午後である。ちょうどお昼を食べて、ゆっくりしていたところだ。わたしはひとさまの物を勝手にいじる趣味はない。ゆえにここは彼の部屋だからこそ、彼が洗い物をしているというわけだ。女房面をして、彼の大切なコレクションを割ったら申し訳がないものね。

ところが殊勝にこのように考えている私に対し、おいこら、と云う言葉がかかる。なに勝手にテレビを消しているんだよ、と、頭に触れる感触に、なに人の頭を足で触っているんだよ、と返しておいた。両手が洗剤でふさがっていることは見ないふりだ。すると、涙、引っ込んだだろ、と云ってくる。余計な御世話だ。

涙というものは流さないとストレスがたまるものでぇーと一説ぶると、じゃ存分に泣け、という。ひどい男だ。まるでいじめられている気分になる、と思うと、涙が引っ込んだ。そういえばわたしは負けん気の強い女なのだ。しかしマゾではないからにやにや喜んだりはしない。ふん、とふんぞり返って、テレビを再びつける。まだ、友達親子の話題を扱っている。

親なんて先に死ぬものだから、友達になったら二重につらいだろうにね。そんなことを心の中で呟いてみる。ここはわたしの部屋じゃない。だから涙も泣き言も落とさずに、心の中で呟いたのだ。しかし遠慮は止めろと云われたことも思い出して、こてんとソファの足元に横になる。あは、これって家のリビングにいるのと同じ感覚じゃない。

「なんでこんな女の為にくいものを用意してやるかな、俺も」
「それが趣味だからでしょう、あなたの」
「料理を趣味にしても、だらしない女は趣味じゃない」
「ははん。食べてくれる女が趣味なんだよね」

負けずにそう云い返して、わたしは起き上がる。なんて寒いやり取り。彼の顔がそう云っているのがわかる。でも泣かれるよりはましでしょう。心の中だけで呟いて、のうのうと彼が出してきたプリンを受け取る。泣けることに手作りのプリンなのだ。う、まずい。でもおいしい。

まったく手作りの味と云うのはどこも同じなんだよね、と呟けば、深い瞳を向けられる。続けようとした言葉、母さんもこんな味のプリンを作っていたのよ。そんな言葉はその瞳の前で力を失う。味覚より視覚が、強くわたしを揺さぶるものだから、聴覚を呼びだしてみる。再び飛び込んできた言葉、友達親子。泣けるよりも笑ってしまう。あはは、自分より先にいなくなる存在を友達にしてどうするんだか、ねえ?

「わたし、あんたとは友達になりたくないわ」
「安心しろ。そんなもの、とっくに超えてる」

よりにもよってそんなことを云うものだから、あはは、と笑ってやりたくなった。涙をこらえる動作と笑いをこらえる動作はひどく似ているな。そんなことを頭の隅っこで考えながら、こう問いかけることを止める。恋人は友達より深い存在でしょうか。そんなことを云えば、当たり前だろ、と返ってくるのがわかり切っていたもの。だから、だまってプリンを食べる。どこかで味わった、もう消えていく味。そのかわりこの味は、たぶん死ぬまでずっと食べ続けていける味だろう。

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