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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

間章(9)

 こつこつ、と丸窓をたたく音がした。視線を向ければ、アウィスが羽ばたいている。セルゲイが素早く駆け寄り、丸窓を開けて中に招き入れた。空色の鳥はゆっくりと旋回し、アーヴィングが差し出したこぶしの上にとまった。餌の入った箱を取り出しながら、足首にくくりつけられた文箱をとりあげた。中から副団長からの報告書が出てくる。

「キーラのことを伝えたんですか?」

 溜息交じりに、アーヴィングはうなずいた。

「伝えねえわけにはいかねえだろう。やれやれ、あいつがなんと云って書いてよこしてきたか、正直読みたくねえな」

 そう云いながらも報告書を広げ、しばらくしてアーヴィングは眉をひそめた。

 なにが書いてあるのかと思えば、アーヴィングはひらりと報告書をよこしてくる。眼差しだけで読んでいいのか訊ね、了承を得た後に紙面に目を落とした。眉を寄せる。

 ――――アリョーシャが云い残した言葉を至急、書き送れ。

(どういう意味だ?)

 報告書をひっくり返したものの、他に文章はない。返信するための新しい用紙を受け取りながら、アレクセイは考え込んだ。

 アリョーシャが云い残した言葉と云えば、なによりもアレクセイに自らに擬態し故国を解放せよと告げた言葉だ。だがその内容はヘルムートも充分知っているのだから、いま、あえて知りたがる理由はない。ならば他に云い残した言葉ということになる。

 ヘルムートの要求は、なにを目的としているのか、わからないだけに困惑を招く。

 だが繰り返し読んでいるうちに、脳裏に閃いた言葉があった。珍妙な言動が多いアリョーシャであっても、特に珍妙だと感じた言葉だ。ペンを取り上げ、さらさらと書く。

 ――――不穏であればまだ見込みがある。平穏であれば、抜本的な改革が必要となる。

 これはどういうときにつぶやいた言葉だっただろうか。記憶を追いかけて、ああ、と思い出した。生前の王子アレクセイが、故国に戻る、と、アーヴィングたちに意思表示した夜のつぶやきだ。紋章を見つめながら、珍しく思いつめていたから思い出していた。

(紋章?)

 唐突に、アレクセイは気づいた。

 捕えた女魔道士は、ルークス王家に連なる者を護ろうとする精霊の意思が、紋章に宿っていると云っていた。だがその意思とやらは、正当な王位継承者である王子アレクセイが危機に陥っても発動することはなかった。それどころか、王子アレクセイは紋章を護れ、と繰り返し告げていた。アレクセイは眉をひそめ、もう一度ペンを取り上げて書いた。

 ――――紋章を護れ。

(さて、これはなにを示している?)

 アレクセイは首にかけている紋章を取り出した。

 ギルドの長が、キーラが、魔道的には何も感じないと断言した紋章だ。ならばなにもないのだろう、と閃く。なにより、王子アレクセイは何者からも守られることなく亡くなったのだ。魔道士二人の意見が正しいと考えざるを得ない。だが、女魔道士は精霊が宿っているはず、と告げた。今現在、ルークス王国にいる人間は、紋章に精霊の意思が宿っていると考えているということだ。

 ならば。

「チーグル」

 紋章を見つめて考え続けたアレクセイは、ずっと沈黙している老人を見つめた。

 静かに眼差しを向けてきたチーグルは、すでにアレクセイが問いかけようとしている内容を察しているようにも見えた。

「十年前、アリョーシャを引き取って、……船に戻る前にどちらかに寄りましたか?」

 アーヴィングとセルゲイは、目をまたたいてアレクセイとチーグルを見比べている。ふ、とチーグルは笑い、大きくうなずいた。

「ルークス王国とパストゥスの国境に。それから魔道士ギルドに立ち寄って船に向かった」
「もしかしたら、すでにそのとき、紋章の鑑識も済ませていたのではないですか」
「その通り。何も感じない、とギルド長は応えたのう」

 アレクセイが考えた通りだ。

 十年前、紋章を見失った側の人間は、紋章に精霊が宿っていると考えている。だが真実はそうではない。王子アレクセイがおそらく、国を追われた後に紋章に宿っていた精霊を解放したのだ。少なくとも紫衣の魔道士が魔道的感査を行っても何も感じない状態にした。

 なんのために?

 すぐにアレクセイは答えを導き出した。もちろん、敵の利にならないようにするためだ。チーグル、とアレクセイは呼び掛けて、テーブルにある世界地図を差し出した。

「副団長に知らせます。アリョーシャが立ち寄った国境の詳細位置を教えてください」

 あるいはルークス王国よりも先にそちらに行かなくてはならないかもしれない。そう思いながら、アレクセイは眉をひそめる。いや、青衣の魔道士は、斬り捨てたから問題ないはずだ。

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