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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

誰にでも事実を知る資格はあるのです。 (5)

「王さまなんてものは、他力本願じゃないとまわりが困るのよ」

 召喚者名簿を閉じて、元の場所に戻しながらキーラは云い返した。

 スキターリェツは、軽く眉を上げる。マジメな視線が少し怖かったけれど、脳裏に閃いた言葉を間違っていないと感じたから、そのまま言葉を続けた。

「ものすごく不合理だけど、王さまなんて着替えひとつも自分でできないような生き物じゃないと、まわりの人間は仕事を失うし。政治だって、そう。なにもかも自分で解決できる王さまだったら、宰相や将軍の出番がなくなるわ。他力本願でいいのよ」
「じゃあ、異世界から勇者を召喚することも、やっていいのかい?」

 面白がるような声音だったが、ひやりと背筋が冷えた。

 だがその感覚が確信を抱かせる。スキターリェツは召喚された人間なのだ。先ほどまでの話は、おそらくこのルークス王国における事実なのだろう。異世界から人間を召喚する。よくわからない仕組みだが、統一帝国の技術を考えたら、ありえない話ではない。

 キーラは沈黙した。

 スキターリェツが召喚者であると確信できた。だが、そんな彼に媚びて「いいえ、正しくないわ。召喚者にとってあんまりな理由よ」とは云いたくない。一方的な話だと感じるからだ。王には国を守る義務がある。それしか方法がないと見極めたのなら、罪を背負う覚悟で義務を遂行しようとするものではないだろうか。

 だが、スキターリェツが云う言葉ももっともなのだ。住み慣れた場所から引き離され、意に沿わぬ依頼を押し付けられたキーラだから、少なくとも「ばかやろー」くらいは云いたくなる気持ちがわかる。

 ふう、と息を吐いた。

 それでもいま、キーラが意に沿わぬ依頼、――素性を騙されて受けさせられた依頼だ! ――を遂行しようと考える理由は、共に過ごしていたときに感じとったものがあるからだ。

 傭兵団『灰虎』には、あの金髪の青年にはそうせざるを得ない理由があった。

 どんな理由だったのか、それは知らない。ただ、監禁されている間の扱いを覚えている。こちらをできるだけ気遣った対応だった。だから時間をおいて冷静になってしまえば、頑なに拒絶しようという気力が萎える。あとで高額報酬を求めることを前提にして、力を貸してやろうかと云う気にもなるのだ。

「良いか悪いか、と云う考えでぶつけ合っていたら、いつまでたっても結論は出ないと思うわ。だってそれぞれ立場がちがうんだもの。だから、どちらも良い、と云う考えで、状況をすり合わせていくしかないんじゃないかしら」

 どこからどこまでも完璧な、望み通りの状況など得られないものだ。

 だからどんな状況でも存在する齟齬を、望みに近づくための、妥協の場として考えることはできないだろうか。完璧な願望成就などあり得ない。最初からちいさな不満を組み入れて、おおまかに願望を叶えてもいいのではないだろうか。

 むしろそのほうが、ゆっくり進んでいける楽しみがある。そう思える余地がある。

「楽観的だね。起きてしまったことはすべて良いことだと云いかねないなキーラは」

 しばらく沈黙したスキターリェツは、やがて笑いを含んだ声で告げた。

(そこまで能天気じゃないわよ)

 そろそろと次の冊子に手を伸ばして、ぱらぱらとめくる。精霊と云う単語は見つからない。諦めて冊子を閉じて、またしまう。単調な作業を繰り返しながら、ぽつりと云った。

「起きてしまったことは、くつがえせない、とは思っているわ」

 キーラの傍から離れ、窓際に向かおうとしたスキターリェツが振り返る。

 起きてしまったことはすべて良いこと。そう思えたらどんなに素晴らしいだろう。

 キーラとて、苦みを帯びた感情しか抱けない、事実と云うものはある。

「不可能なの。起きてしまったこと、変わってしまったことは、決してくつがえすことはできない。まわりを変えることはできない。でも自分を変えることはできる。どんな事実でも受け入れて、それでも望みを叶えるために進めるように、――――あきらめない自分になることはできるでしょ」
「――――召喚された勇者さまは、なにもできない普通の人でした」

 再び語り始めたスキターリェツは、窓の外を眺めていた。

 もう、キーラを見つめてはいない。でもスキターリェツの意識は自分に向いている、と感じたから、キーラは冊子に下ろしていた目線を、彼の背中に向けた。少年のような青年のような、ほっそりとした背中は、どうしたことか、ぽつんと寄る辺ない姿に映る。

「だからこそ彼らは、努力したのです。おかげで災いは退けられました。そうして勇者さまは、この世界から消えたのです」
(消えた?)

 いぶかしさにキーラは眉を寄せた。でも。振り向かないスキターリェツを眺めて心の中でつぶやく。でもあなたはここにいるじゃない。消えてなんていない。キーラがそう考えていると、スキターリェツは振り返って、にっこり笑った。

「さ、そろそろ調べ物はおしまいにして、神殿に行こう。アリアが待ってるよ」

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