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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

誰にでも事実を知る資格はあるのです。 (8)

「……なにを考えているの?」

 ティーカップを両手で抱えたまま、動かないでいるといぶかしそうなアリアの声が聞こえた。反射的にキーラは口を開けた。でもなにも云えない。頭がまっしろなのだ。結果的に沈黙していると、ますますアリアは変な表情を浮かべる。今度はなにも云わない。芽生えた沈黙の気まずさに、うん、とキーラは自分で区切りをつけることにした。素早く紅茶を飲み干して、ティーカップをテーブルに置いた。ぺこりと頭を下げる。

「今日は本当にありがとうございました」
「帰るの?」

 頭を下げたまま告げると、戸惑ったような声が聞こえた。ちょっと揺らぐ。でも落ち着いた動作で顔を上げて、アリアをまっすぐに見つめた。

「うん。ローザに特訓の成果を早く知らせたいから。茶器はどこに片付ければいいの?」
「後片付けならこっちでやるわよ。だからそのままにしておいて」

 そう云うアリアはなんとも中途半端な表情を浮かべていた。キーラはちょっと口端で笑って、もう一度「ありがとう」と告げた。アリアは顔をしかめたが、耳が赤い。色が白いから目立ってしまうのだ。でも気づかないふりをして、キーラはソファから立ち上がる。アリアも立ち上がり、扉から出て出口へと先導してくれた。珍妙な表情を浮かべているアリアに、もう一度頭を下げてキーラは歩き出した。向かう先はローザが待つ店ではない。

 いまなお、ルークスに存在する魔道ギルドだ。

 所在地はあらかじめ確かめている。今日のうちに向かう予定ではなかったけれど、いまとなっては図書館よりも先に行くべきだったか、と感じてもいる。でもスキターリェツと一緒に行かないほうがいいからこれでよかった。キーラは魔道ギルドが、スキターリェツ側に回っているのかいないのか、それを見極めるために行くのだから。

(結局、あたし一人ではなにもできないのね)

 もう、キーラ個人の限界が見えている。

 だから信頼できる仲間が欲しい。情報も欲しい。心当たりをなおも探って、まずは魔道ギルドが閃いた。鎖国されているルークスにおいて、世界にネットワークを広げている魔道ギルドがどのような扱いを受けているか、さっぱりわからない。でも行くだけの価値はあるだろう。

 ちらりとアリアに対する想いが浮かぶ。どことなく物足りない表情でいた少女に、キーラは距離を縮める言葉を云えなかった。云ってはいけないと感じた。キーラはアリアの友達になれない。スキターリェツの仲間になるつもりがないからだ。そしてこのまま、飲食店の従業員でいるつもりもない。

 キーラは、いずれルークス王国を出ていくつもりだからだ。

 つまり最終的には、どうしてもスキターリェツたちが望まない行動に出るということだ。だからアリアと距離を縮めないほうがいい、そう感じた。いまならまだ間に合うだろうから。そう思いながら、素直ではない少女の表情が脳裏に過ぎる。唇を固く結んだ。

 また、神殿から後をつけてくる人はいないか、気にしながら歩いた。途中、にぎやかな市場の人ごみに紛れるように歩く。ちらりと振り返って、そんな人はいないと確認して足を速める。そうしてうっすらと汗がにじんでくる頃に、魔道ギルドにたどり着いた。

 建物の前に立って、しばらく沈黙する。なんともまあ、と、つぶやいた。

 先ほど訪れた図書館を思い出した。あの堂々たる建物とは対照的に、見事にぼろくて小ぢんまりとしている。街のはずれにあるわけではないが、さびれた印象がぬぐえない。閉じられた扉に手を触れれば、きぃ、と音を立てて動く。思い切って開いた。すばやく身体をすべり込めば、そこはがらんとした室内だ。受付はあるけど、だれもいない。

「すみませーん」

 声を張り上げても応えはない。よくよく見れば、受付のカウンターの隅に埃が積もっている。ちょっと眉をしかめた。じいさまが見たら怒るだろうな、と、ギルドの長を思い浮かべて、足を進める。咎められたらそのときはそのときだ。ひとつひとつ部屋を覗き込んで、キーラはいちばん奥の部屋の前に立った。こんこん、と叩いてみる。応えはない。ためらいを覚えたが、そっと扉を開いた。のぞきこんで、ちょっと固まった。

 ぼさぼさの髪とあごひげでほとんど顔の見えない男が、長椅子の上で高いびきを立てて眠っていた。

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