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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

誰にでも事実を知る資格はあるのです。 (12)

ずいぶん飛躍した提案だな、と感じた。それから、少々身勝手だ、とも。

 前任者は魔道士ギルドに属する人間だ。いま、レフが知らないように、おそらく前任者もスキターリェツの故郷が異世界だとは知らなかっただろう。だから提案したのかもしれないが、勝手に召喚されたスキターリェツにしてみたらたまったものじゃないなとごく自然に考えて、はっと我に返った。キーラはスキターリェツの仲間ではない。なのになぜスキターリェツ視点で物事をとらえているのか。ひそかにうろたえ、指先で唇をおおった。

 レフがいぶかしんだように、語る口を閉じる。変な眼差しで見つめるものだから、キーラはコホンと空咳をした。ますますレフの目が細くなる。

「あんた、なにを考えている?」

 レフはしばらく沈黙した後、やや低くなった声音で問いかけてきた。

 警戒されている。レフの変化に気づいたが、キーラは沈黙した。なにをどういえばいいのか、わからない。するとレフは息をひとつ吐いて、ごろりとソファに寝転がった。瞳を閉じながら、淡々とした口調で告げる。

「あんたはどうやら、わしの仲間になる人ではないらしい」

 ばっさりとキーラを切り捨てる言葉だった。キーラは息を呑んだ。

「少なくとも、あんたはわしを信用しとらん。悪いが、さっさと帰ってくれんか。わしはもう、これ以上口を開くつもりはない」
「あたしは、」
「うるさい。帰れ」

 端的に云い捨てられ、キーラは口をつぐんだ。しばらくそのままでいたが、レフがはっきりとキーラを拒絶していることは理解できたから、そのまま立ち上がる。見えないことはわかっていたが、ぺこりと頭を下げて、「ご迷惑をおかけしてごめんなさい」と告げて、魔道士ギルドから出ていく。

 まだ陽は明るい。まっすぐに帰る気持ちになれなくて、目についた公園に入る。賑わいを避けて、公園の隅、芝生に腰を落とした。膝を抱えて、両腕に額をつける。

(なにやってるんだろ)

 ちょっと疲れた気持ちでつぶやいた。ふーっと息を吐いて、後ろ向きに倒れた。つんつんした芝が、キーラの身体を受け止める。まっすぐに視線を上げれば、あざやかな青空が見える。ゆっくりと白い雲が流れる。耳に聞こえてくるのは、楽しそうな賑わい。少しずつ気持ちがほぐれてきて、唇がほころんだ。なのに、奇妙に視界がぶれて、すうっと雫がこめかみに流れる。止まることなく、次々と雫がこめかみを伝って芝に落ちていく。

(帰りたいなあ)

 きゅ、と唇を結んだ。こうしてひとりになれば、いまの自分の姿が見える。半端な人間だ。キーラが嫌いだと感じる種類の人間だ。他でもない自分がそうなったことに衝撃を覚える。少なくともマーネで暮らしていたころは、自分を好きだと感じていたのに。なにげなく考えると、ますます視界がぼやけてくる。たまらず目を閉じて、雫をあふれさせたままにする。優美な美貌を持つ、金髪の青年の姿が、脳裏に浮かんだ。ひきつりそうな唇を動かして、ばか、と声もなく動かした。

(あなたのせいよ)

 彼がキーラの前に現れなかったら、あのままマーネで働いていられた。紫衣の魔道士ではなく、ただ、飲食店の店員でいられた。好ましいと思える自分でいられたのだ。こんなに煮え切らない自分になってしまったのは、全部、あの青年のせい、と心の中で続けて、キーラは唇をゆがめた。望ましくない現状を人のせいにしている。ますます自分を情けなく感じる。

 ――――そもそも、振り返ってみたら。

 夢に向かって生きていたいのなら、いくらギルドの長を巻き込まれても、依頼を引き受けなかったらよかったのだ。依頼を引き受けて『灰虎』の仲間になると決めたのなら、なにがあってもアリアの手を取るべきではなかったのだ。スキターリェツの仲間にならないと決めたのなら、彼の事情になど斟酌するべきではなかったのだ。

 キーラはいままで、ことごとく選択を間違えている。だから行き詰まってしまうのだ。つまりは自業自得、と自分に云い聞かせるようにつぶやくと、ふっと雫が止まった。

(だから、しかたないじゃない)

 いつの間にか閉じていたまぶたを、ゆっくりと開ける。変わらずあざやかな空が、もくもくした白い雲が視界に入って、ほんわかと唇がほころんだ。気持ちがよくなる気候が、素直にうれしい。しばらく寝転がって、気持ちいい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。ふ、と息を吐き出して、涙の跡をぬぐう。勢いつけて起き上がって、ぎくりと動きを止めた。

 いつのまにか、公園は様相を変えていた。にぎわっていた人の姿は完全に消えている。覚えのある気配が漂っている。結界だ。なんのために、とつぶやきかけて、キーラは失笑した。目的なんてひとつしかない。

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