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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

誰にでも事実を知る資格はあるのです。 (16)

 頬に触れている手に、ためらいながら触れる。ん? と云いたげに、目の前の顔が微笑をにじませる。少しの間、まじまじと見返して、ぐい、と、手をつかんで顔から放した。

「乙女の顔を勝手に触るのは問題行為だと思うのよ」

 憮然と云えば、スキターリェツはまたたいて、ちらりと苦笑した。軽くにらめば、「ごめんごめん」と謝る。溜息をついて謝罪を受け入れ、キーラはちょっとうつむいた。思考が頭の中で散らばっている。いろんなことがいっきに押し寄せてきた感触だ。ばらばらに混乱したまま、でも、ただひとつ、いまのキーラにははっきりとわかる不満があった。

「……ここで夢を叶えても、じいさまに見てもらうことができないわ」

 口に出してみて改めて、小さな不満だなあ、と感じる。夢が叶うのだ、無視してもいいじゃないか、という考えが閃いた。でもこの不満はけっこう自己主張が激しくて、いやだ、とキーラに感じさせるのだ。ただ、他人が提案する形で夢を叶えたいわけじゃない、と。

 子供じみた主張だと思うから、なかなか顔を上げることができない。でも落ちてきた沈黙に耐え切れなくなって、えいや、と思い切る。スキターリェツはキーラを見下ろしていた。表情をくらませた顔だった。なにを考えているんだろう、ちらりと思った。でもなにも云わないままだから、沈黙に便乗して言葉を重ねる。

「じいさまだけじゃなくて、他にも。夢を吹聴してきた友達や、反対してきやがったひとたち、応援してくれたひとたちに報告することもできない。それがあたしはいやだわ」

 云いながら、ちょっと滑稽だな、と感じてもいる。

 なぜなら、いま、口にしたひとびとは、キーラの夢に期待しているわけではないからだ。キーラの夢を見届けたいなんて、かけらほども思っていないだろう。それどころか、夢を諦めて紫衣の魔道士として生きることを期待しているひともいる。キーラの夢は、キーラ一人が勝手に抱いたものだ。叶えようが挫折しようが、皆には関係ない。

 でもキーラの夢を気にしなくても、キーラ自身を気にかけてくれるひとたちなのだ。

 ルークスで夢を叶える、と云うことは、そういうひとたちとのつながりを一方的に断ち切ることだ。なぜならこの国は鎖国しているのだ。他の国々との国交も断絶し、情報も閉鎖している国だから、ここに落ち着いたらキーラ自身の情報を伝えることができなくなる。

(というより、依頼を放棄してとんずらした事実が、最新のあたし情報になるのよね)

 ふっと閃いた事実に、口元がこわばった。だめだわ、そりゃ。思い浮かべたひとたちが怒り、呆れ、失望する表情までまざまざと想像してしまった。じくっと胸が縮まった気がする。思わず胸を押さえ、動悸を鎮めようとしていると、スキターリェツがつぶやいた。

「鎖国がネックか。それじゃ、しかたないね」

 キーラはなぜか、ぎくりとして顔をあげた。スキターリェツは微笑んでいる。でもいつもの笑みとは違うと感じて、こくりと喉を動かした。警戒し始めた意識に従って、大気の力がキーラのもとに集まり始める。スキターリェツは目を細めて、力の流れを見つめた。スキターリェツはなにもしようとしない。力を集めることすらしない。彼に気圧されながら、キーラは誰にも訊けなかった質問を口にする。

「どうしてルークスは鎖国している、ということにしているの。他の国々と、本当はまだ、交流しているんでしょう」

 ローザの店は、さまざまな紅茶を取り扱っている。ルークス産ではない茶葉すらだ。他の店にもそういう不思議がある。だからまだ、他の国と交流はあるのだとキーラは気づいていた。でも誰もがその点では口をつぐむ。平和で豊かなルークスで、おおいに違和感を覚えているところだ。うん、とスキターリェツは笑った。

「でもそれに関しては、なにも云うことはないんだ」

 ごめんね、と、にこやかに続けて、スキターリェツはようやく動いた。キーラが集めた力を、指ひとつ鳴らして奪う。え、と呆気にとられた。いままでに見たことがない現象だ。続いて、視界がぶれる。公園ではないところに転移させられたのだ、と、遅れて気づいた。

「まあ、きみの希望はよくわかったよ。だからルークスの外に放り出してあげる」

 さよなら、とスキターリェツはあっけらかんと告げて、あっさりと姿を消した。

 ぽつんと一人取り残されたキーラはしばらく呆然としていたが、やがて我に返った。あたりを見渡す。森の中だ。ただし人によって開かれた気配はなく、うっそうと薄暗い。すうっと息を吸い込む。

「だったらせめて、もう少しまともなところに放り出しなさいよーっ」

 力いっぱい叫んだが、ただ無為に声が響くばかりだ。キーラががくりと肩を落として地面に座り込んだ。

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