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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

そういえば有益な資格でした。 (7)

(ちょっと都合の良すぎる展開ね)

 心の内でつぶやくキーラには、もちろん成り行きを警戒する気持ちがある。

 若者が導く先に罠が待ち受けている。そういう種類の警戒はしていない。若者の言動は的外れな印象があるが、少なくとも嘘を云われている感触はない。表裏がないのだ。

 だからキーラが警戒している対象は、自分をこの地に転移させたスキターリェツだ。

 スキターリェツは、本当に適当な場所へとキーラを転移させたのだろうか。とぼけた印象が強い、胡散臭い人物だ。なおかつ一国の重要な地位に収まっている人物である。そんな人物が、ただ無為に、魔封じから解放された最高位魔道士を放置するだろうか。

 まさか、とすぐに思考が否定して、キーラは眉を寄せる。

 いや、放置の可能性はあるのだ。キーラはスキターリェツに普通の女だと分析されている。戦いにおいては役に立たない、むしろ足手まといにしかならない存在だと。いくら能力があろうと、状況を変える存在ではない。そう判断されているのなら、適当な場所へと転移させた可能性は高まる。だが、スキターリェツはそう考える人間だろうか。

(わからない、わ……)

 スキターリェツとはいくつか話をした。彼にまつわる情報もいくつか入手した。

 だが、スキターリェツ自身がなにを考え、なにを望んでいるのか、キーラは知らないままだ。いまさら気づいた事実に、情けない気持ちになる。まったくなにをしていたのか、と、自分自身を叱咤したい。でも無駄な後悔だ、過去は取り戻せない。

 落ち込みそうな気持ちを素早く切り替え、逆に、推測できないかと試みる。

 まずスキターリェツは異世界より召喚された存在だ。その事実だけを見るならば、彼の望みは元の世界に帰還することではないか、と閃く。いま、キーラがマーネに戻ることを希望しているように、スキターリェツも異世界に戻ることを望んでいるのではないか。

 だが、この十年間における、スキターリェツの行為を思い出すと疑問が残る。

 自分を召喚した王国を鎖国し、魔道士たちと共にさまざまな改革を進める。それがスキターリェツの、十年で進めた行為だ。これが故郷に戻りたいと望む人間の行動だろうか。

 ――――ちがう、と感じる。

 改革とはすべからく時間がかかるものだ。また、確実な結果を約束されていない。不確定要素の高い、また、時間がかかる事柄を実行するには、相応の覚悟が必要だろう。

 すなわち、改革対象にどこまでも付き合う覚悟だ。

 少なくとも、いずれルークス王国から離れようと考える人間には抱えられない代物である。

「どうした?」

 先を進んでいた若者が、不思議そうに振り返って、足を止めたキーラに問いかけてきた。

「訊いてもいいかしら。ここはルークス王国? それともパストゥス?」
「なにをいまさら」
「いいから応えて!」

 呆れた様子を隠さない若者を遮って、キーラは鋭く問いただした。一瞬、不愉快そうに眉をひそめて、だが隠すことではないと考えたのだろう、口を開いて応える。

「きみはおかしなことを云っている。ここはルークス王国だ。ぼくら精霊が拓き、人間の王に預けた国。他の場所であるはずもないだろう」
(しまった)

 キーラは息を呑み、立ち尽くした。間違えていたのだ、取り返しがつかないほど。

 このとき、脳裏をよぎった顔は、アリアだ。

 『灰虎』からアレクセイの紋章を奪おうとした彼女はなにをした? 関係のない魔道士をわざと弱らせ、漂流船に乗せた。アレクセイたちが自分の船に招きよせる事態を期待して。

 あれは本当に、アリアが考えた作戦だろうか。ちがう、と断言できる。アリアは企みに向いた性格をしていない。だが、スキターリェツが考えた策を忠実に実行する性格だ。

 だから、――――。

「精霊の里はここから近いっ?」
「そうだな、遠くはないぞ。ここから、」
「云わないで。ここを離れるわよ。それからあなたも里に帰るのを諦めてちょうだい」
「なんだと?」

 つかまれていた手首を動かして、逆に、若者の腕をつかんで走り出す。慌てたような声がして、若者が引きずられる。ずっと沈黙していた雌虎が低く唸って、まだためらっている若者を脅しつける。あきらめたのか、若者はキーラに従って走り出した。

(ここを離れなくちゃいけない)

 走り出しながら、キーラは確信していた。

(スキターリェツがあたしをここに転送したのは、たぶん、精霊の里を突き止めるためだ)

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