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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

それでは資格を活用しましょう (10)

 記憶とは、生物に蓄積される情報だ。わざわざ意識しなくとも、自動的に蓄積される。

 だから蓄積先である生物が存在する限り、情報の喪失はあり得ない。表面意識から喪失したように見えても、情報は依然として蓄積されたままだからだ。

 ただ、蓄積情報への接触方法を失う事態はあり得る。ヒトは表面意識をへて、蓄積情報に接触する。ゆえに表面意識に異常が発生したら、接触できなくなる事態がありうる。

 スィンに与えられた部屋に向かいながら、ギルド長はそう語った。

(どうしてじいさまの語彙は小難しいのかしらねー……)

 歩く速度を少しゆるめながら、キーラはカリカリとこめかみをかいた。

 云わんとする内容は、なんとなくわかる。だが、具体的な事態として想像できないから、『はあ、そうですか』と応えてしまいそうだ。ええと、ええと、と必死になりながら、理解しようとしていると、ギルド長は足を止めて振り返った。「つまりの、」と不気味にやさしく告げる。

「ロジオン、――――いまは、スィンと申したか。あやつは十年前に起きた出来事を忘れてなどおらん。肉体は覚えておるはずじゃ。ただ、肉体が覚えている情報を、スィンと名付けられ行動している意識が、取り出せなくなっておるだけよ。キーラ、肉体と意識の定義はなんじゃった?」

 唐突に問いかけられ、ひそかに慌てたものの、キーラはなんとか平静を装った。

「肉体とは精神が宿った物質、意識とは世界から切り離された精神、でしょ?」
「……ぎりぎり、かの。両者は密接に結び付き、影響し合っていると云う特徴まで答えてほしかったのじゃが。キーラよ、おぬし、魔道士としての復習を怠っておるな?」

 じろりと睨まれ、後ろめたさを刺激される。たいした迫力であったから、ここは素直に謝っておいた。ため息ひとつだけついて、ギルド長は再び歩き始める。それから無言が続くものだから、奇妙ないたたまれなさを覚えた。言葉を探して、キーラは口を開いた。

「だからじいさま、スィンの意識を探るつもりですか」

 肉体と意識は密接に結びついている。そういう特徴を応えさせたかった理由は、スィンの意識も回復している、と云う答えに導きたかったからだろう。いま、スィンは完全な健康体だ。だから意識も健やかさを取り戻していると判断できる。ならば、とギルド長が考えた次の段階がわかった。少々手荒い方法を使っても問題ないはず、という思考だろう。

「反対かの」

 眼差しに苦笑を含んで、ギルド長はキーラを振り返った。

 ためらってから、キーラは頷く。

 意識を探る魔道を知っている。あまりほめられた方法ではない。スィンが、かつてロジオンと呼ばれていた存在が、秘密にしておきたい内容まで勝手に探り出す魔道だ。少なくとも、キーラは自分に用いられたくない魔道である。

「もう少し穏便に、探る方法はありませんか」
「というと?」
「スィンが、秘密を秘密のままに、十年前の出来事を語れるように、その、」
「可能ならば、そうしたいところじゃのう。具体的には」
「ええ、っと」

 当然のように代替案を求められ、キーラはこめかみをおさえた。

 意識、意識とつぶやきながら、魔道に関する自分の記憶を探る。ギルド長が使おうとした魔道から、どんどん派生した魔道を探す。だが、見つからない。当たり前だ。自分よりはるかに優れているギルド長が考えたあげくこれしかないと導いた方法が、意識を探る魔道だったのだ。紫衣の魔道士とは云え、容易に見つけられるはずがない。

 ただ、ギルド長はなにを考えているのか、キーラを急かすでもなく黙って待っていた。その様子に気づいたとたん、焦りがすっと消える。焦りに向かっていた気持ちが落ち着いたから、キーラはより広範囲の記憶を探ろうとまぶたを閉じた。静かに呼吸を繰り返す。

 ――――王よ。

(ん?)

 ――――王よ、申し訳ありません。

 すると、差し込むように、別の言葉が浮かび上がった。精霊の長から聞いた、スィンが夜になるとうなされてつぶやく言葉だ。まだ、思考に集中していないのか。キーラは軽く頭を振って、再び、記憶を探ろうとし始めた。いま、関係ない言葉なのに。なにげなく呟いて、はっとまぶたを開いた。

(そうだ、この方法がある)

 頭を動かして、ギルド長を見つめた。キーラの様子になにか見出したのか、面白がるような気配を漂わせている。「じいさま」、キーラは短く呼びかけた。

「あの魔道を使います。野生動物を懐かせる魔道」
「ほう?」
「精霊の長に教えられました。あれは、対象と術者の意識をつなげ、混合させる作用があると。あたしとスィンの意識をつないで、彼の記憶を探ります!」

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