MENU
「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

間章(8)

 アレクセイの信頼する仲間は、息をつめたかと思えば、たちまち爆笑した。 

 やっぱり話すんじゃなかった、とはいまさらの後悔である。アーヴィングの反応は予想できていた。娼館に行くことがあっても、特定の女との付き合いはない。そんなアレクセイだから、巻き込まれた状況がますますおかしいのだろう。笑いながらこんなことを云う。 

「いいじゃねえか。あのちっこい姫さんたちなら、おまえも文句はねえだろう?」 
「冗談はほどほどにしてください。わたしはまだ、そういうつもりはありません」 

 苦虫をかみつぶした表情で云えば、珍妙な顔で沈黙していたチーグルが云う。 

「あのおひいさまたちなら、おまえさんのよき助けになるじゃろうしの。とはいえ、複雑だのう。わしとしてはおまえさんには別の娘っこをあてがいたかったのじゃが」 
「なんですかそれは。やめてくださいよコーリャ爺。繰り返しになりますが、わたしに」
「とか云いつつ、『悪くない話だ』とか考えているんじゃねえの。どっちの姫さんも美人だからなあ。おまえ、実は面食いだ・ろ? 涼しい顔してむっつりなんだよなあ」 
「むう。だがわしが薦める娘っこも美人じゃぞ? 本人、化粧っ気がないし色気もないが。身体つきは悪くないし、気性もまっすぐで正直じゃ」 
「……コーリャ爺。キーラ嬢が聞いたら怒り出すぞそれ。あるいは嫌われるかもしれねえ」 
「むっ。なぜじゃ、褒めておるのじゃぞ?」 

 勝手に仲間たちは盛り上がっている。話が進まない。そもそもなぜ、キーラの名前がここに出てくる。ふう、と溜息をつき、アレクセイはドン、とこぶしをテーブルに打ち付けた。軽くだ、軽く。とはいえ、効果はあったようでぴたりと沈黙した仲間に笑みを向けた。 

「おれの話を聞くつもりはあるのか?」

 低い声で云えば、仲間は神妙な顔でこくりと肯く。やれやれ、と思いながらティーカップをもちあげ、ひと口紅茶を含む。いまの動作で少々零れたようだが、味に変わりはない。 

「それで、おまえの話とは?」
「マリアンヌ王女とロズリーヌ王女との出会いですよ。覚えてらっしゃるでしょう」 
「ああ。それはもちろん」

 アーヴィングが不思議そうな表情を浮かべる隣で、チーグルはなにかしら感じ取った表情を浮かべている。そうか、と、納得した。あのとき、アレクセイが覚えた違和感は、どうやら気のせいではないらしい。歴戦の傭兵であるチーグルも同じ感覚を抱えていたようだ。 

 ――――いま、アレクセイがパストゥス王宮に滞在できている理由は、もちろんルークス王国王子だから、という事情による。だがそれ以上に、滞在を許されている理由には、王女二人の恩人だから、という事情がある。

 王女二人との出会いは王宮ではない、街だった。お忍びで出かけていた王女二人を、アレクセイとセルゲイがゴロツキから助けた、と云う出来事がそもそもの出会いだ。劇や小説ではよくある出来事だが、実際に起きたら、胡散臭い展開である。

 当事者であるアレクセイには、ただの現実であり事実だったが、宰相との会話で気付いた。これは仕組まれた展開だったのではないか、と。

「だが、あれは偶然だろう」

 企みごとには向かないアーヴィングが困惑したように告げる。その通りだ、アレクセイにとってはありがたい偶然でしかない。だが、疑うに足る現実がいくつかある。

「あのあと、わたしたちは役所にゴロツキを引き渡しましたが、彼らはこう云っていたそうです。――――『こんなはずじゃなかったのに』と」
「つまり、王女二人のお忍びを知っておった人物が、王女たちに近づくため、簡単な寸劇を用意した、と云うわけじゃな。女王陛下は、おまえさんによるものだと?」 
「いいえ。さいわいにも、宰相閣下は、わたしの反応からちがうと判断されたようです」

 思わず苦笑を浮かべる。いま話した内容を教えてくれた宰相は、『だからわたしはあなたを偽者ではないかと考えたのですがね』という一言を付け加えてくれた。なにを根拠に、その正当なる疑惑をひるがえしたのか。理由を話さないところが、一国の宰相である。 

(あるいは、疑惑は続いているのかもしれないな)

 アレクセイはふと考える。各国の思惑を考えれば、いま、パストゥス王宮に留まるアレクセイが本物であったほうが、都合がいいのだ。

 なぜなら、王国を民に委ねる、と云うルークス王の宣言は、王が国を統治する、という世界の前提に波紋を呼び掛ける代物だからだ。大混乱を招きかねない。だから、宣言したルークス王は簒奪者であるから今回の宣言は無効、という形に収められたら各国にとっても安心である。

 各国からパストゥス王宮に滞在しているアレクセイ王子へ文書が続々と届いている理由は、そうした事情によるものだろう。「助力を惜しまぬ」、各国王のサインが入った文書を見てアレクセイは苦笑したものだ。ありがたいことである。ルークス王国を解放したのち、これらの文書は活用させていただこう。

「なるほどな。だから姫さんたちとの出会いを仕組んだ輩を探し出せ、ってことか。そいつにとっては、いまのおまえはさぞかし邪魔者だろうし?」
「ましてや、おひいさまたちはおまえさんをいたくお気に入りのようじゃしの。なんとしてもおまえさんを失脚させなければ、と思いつめる輩がいてもおかしくない。……いささか、困るの」 
「ですから、婚約者候補のリストを用意しました。ご活用ください」 

 今朝、アベラール次期侯爵を通して宰相から渡された文書を差し出せば、やれやれ、と云いたげな表情でアーヴィングが受け取った。まったく面倒な話である。 

目次