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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

反撃するための資格 (12)

 ぴちょん、と、しずくが落ちる音が響く。じめじめとした空気がまるで肌にまとわりつくようだ。ゆらゆら揺らめく灯りを右手に掲げて、キーラは辺りを見回した。一度だけ、魔道士たちによって運び込まれたときには、この場所をゆっくり探索する余裕はなかった。

 ここは、琥珀の紋章によって扉を開かれた、地下施設である。

 天井が高い。まずそんなことを考えた。じめじめとした空気は、部屋の中央にあるプールのためだろう。なにを考えてこんな構造にしたんだか、と、息を吐けば、隣にいるスキターリェツが楽しそうに話しかけてきた。

「憂鬱そうだね、キーラ。やっぱりやめる?」
「冗談でしょ。憂鬱なのは、あなたやじいさまがここにいるからよ。危険だから上で待ってろって云ったわよね、あたし?」 
「じゃが、少なくともいまは危険ではない。なにせ災いは活動を停止させておるからの。ならば魔道的解析が出来る存在はたくさんおったほうが良かろう?」 

 あごひげを撫でながら反論してきたギルド長にスキターリェツは同調してうなずく。まったく、と、忌々しい気持ちを噛みしめる。どうしてこの二人は云うことをきかないのか、自分の身を護らないのか。キーラを心配してくれている、とさすがに察している。だが、魔道士ではなくなったキーラより現役魔道士である二人にとって、危険な場所なのに。

 災いは、こんもりとうずくまったまま、地下施設にいる。  不安定な灯りに照らされた姿はまるで小山のよぅだ。不気味な小山。『灰虎』の面々が、地面にくいを打ち、縄を張り巡らせて災いの肉体を縛っている。今回の作戦において、動き出すだろう災いの動きを制限するためだ。そうして作業は完了したらしい。キリルの合図を受けて、キーラは災いに近づいた。スキターリェツとギルド長も近づいてくる。

 ぽ、と、魔道の光が浮かんだ。 

 つーい、と、災いのまわりを動き回って災いの全身を照らす。獰猛な全身に、ざわめきが生まれる。だが近づくキーラや傭兵たちはもちろん、魔道士二人にも災いは反応しない。なぜなら、災いは永続魔道によって動かされている死体、すなわち、物質だ。必要がなければ活動を再開させないとわかりきっていた。だから、いまのうちなのだ。

 ――――災いの消滅方法を探っていて、考えたことがある。

 黄金きんの女帝の肉体に永続魔道をかけた魔道士はもう存在していない。にもかかわらず、永続魔道が発動し続けている理由はもしや、転移魔道陣と同じではないか、と。

 つまり、物質と化した肉体に、言葉ヴォールズが刻まれていると閃いたのだ。

 スキターリェツ、ギルド長の両名にとって、それは意表を突いた推測だったらしい。いま大気を――――おそらくは漂う魔力を――――眺めていた二人はそろって、災いの後ろ右足へと進んだ。固い爪先をのぞきこんだスキターリェツは、うん、とうなずく。 

「キーラの推測通りだ。ここに、言葉ヴォールズが刻まれている」
「物質よ。あらゆる魔を取り込み、己のものとして留まらせ、存続し続けよ、か。なるほどのう。この永続魔道の本質は、〈摂取〉か。そもそもは大気中の魔力をとりこむように言葉ヴォールズを組んだのであろうが、これはただの物質ではなく、竜族の死体じゃから、の。死体に累積されていた情報に振り回され、このような事態になったのじゃな」

 つまり災いが生きている動物のように〈喰らう〉という形で魔道能力を取り込む理由は、動物であった物質に摂取方法として刻まれている情報が〈喰らう〉と云う形式だからだ。

 推測が当たっていた事実に、キーラは唇を引き締めた。ならば、次の段階だ。 

「じいさま。スキターリェツ、災いから離れて。腕輪を着けるわ」 
「ほっほ。声が震えておるぞ、キーラ。まだまだじゃのう」

 からかう余裕を保ちながら、それでもギルド長とスキターリェツはキーラの言葉に従う。代わりに、セルゲイとキリルが進み出て、用意した腕輪を災いの足に巻きつけた。竜族の肉体に合わせて用意した、魔道封じの腕輪だ。かちり、と音がして腕輪が固定される。 

 ――――この世のすべての物質は、無機質であれ、有機質であれ、粒子から構成されている。これまで災いの摂取対象を魔道能力と表現してきたが、厳密に云えばそれは粒子なのだ。魔道士を魔道士たらしめている特殊な粒子、すなわち魔を、災いは取り込んでいる。

 ちなみに魔道士を、粒子と云う単語を用いて定義するなら、こうなる。

 粒子をつなぎとめる特別な粒子との親和性が高いがゆえに、粒子を動かす波動、すなわち言葉ヴォールズを用いて、粒子を動かし、物質の状態を変えられる存在、と。

 だから、粒子を動かして取り込んでいる災いは、魔道士と同じ存在なのだ。そうしてこの理屈は、魔道士に影響を与える物質が、災いにも影響を与えるかもしれない可能性を浮上させる。だから、魔道封じの腕輪を持ち出したのだ。  魔道士は、魔道封じの腕輪をつけることによって、特別な粒子を把握できなくなる。だから魔道を扱えなくなる。すなわち、粒子を動かせなくなるのだ。つまり、それがどういうことかというと、――――。

「魔力の流れが、変わった。そろそろ動き出すよ」

 冷静なスキターリェツの言葉と同時に、か、と、災いの虚ろな瞳が開いた。 

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