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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

権利を主張できる資格は、とうにない。 (7)

 バオをなんとか大人しくさせて、扉をおおう結界を解かなければならない。それもいま、暗闇のなかで行われているだろう、式典が終わるまでにだ。多少手荒な手も使ってでも、と考えれば、ロジオンは鋭く云い放った。

「アレクセイ殿下は元凶である魔道士たちにすら理を示し、自分の意志で従うようにと企まれるかただ。駒として使えそうな精霊を、無理矢理従わせる方法に同調されると思うか」 

 思わずキーラは、ぐ、と動きを止めた。卑怯な言葉だ、それは。 

 アレクセイの思惑を考慮して沈黙したキーラの隙を狙って、精霊が次々と攻撃してくる。はっと我に返ったが間に合わない。とっさにギルド長が守ってくれたが、代わりに、呆れた眼差しを向けられ、キーラはキレた。やけになったように、ロジオンに向かって叫ぶ。 

「だったら、さっさとなんとかしなさい! 百数えるうちに何とかしないと、強硬手段に出るから!」 

 それがぎりぎりの譲歩だ。「いーち」と大きく声をはりあげながら数えはじめれば、苦笑したロジオンがバオに向き直る。「バオ」、ロジオンの呼びかけに、バオの肩が揺れる。 

「どうして。精霊王の愚かな命令に、おめおめと従っているんだ? 里長はどうなされた。他でもない、里長が天空要塞を留める方法を教えてくださったんだぞ」 
「なんだと」 

 文様を描く手を止めて、バオが繰り返した。 
 ついでに攻撃は無駄だと気づいてくれないかなあ、と考えながら、キーラは「にー」と続ける。ああ、この譲歩によって間に合わなかったらどうしてくれよう。責任とってもらうからね、とぼやきながら事態を見守った。 

「そんなはずはない! なにより、精霊王を愚かとは無礼にもほどがあるぞ!」 
「愚かだろう? どうして災いを滅ぼした人間に鉄槌を下す必要があるんだ」 
「災いじゃない! 黄金きんの女帝の御身だ。時が至れば、転生された女帝の魂が宿り、輝かしい統一帝国がよみがえるはずだった。それを台無しにしたんだぞ、やつらはっ」 
「……本気で云っているのか、それは? いまの常識的にもあり得ないぞ」 
「だ、だが顕現された精霊王がおっしゃられたんだ、疑う余地なんてないだろうっ」 
「バオ。時代遅れの精霊王の言葉を信じるなんて、……相変わらず残念な思考だな」 
「どういう意味だ、それはあああっ」 
(うわー) 

 キーラは遠い目をしながら「さーん」と告げた。バオが文様をつむぎかけたので、軽く、あくまでも軽く、力を飛ばしておいた。「ふぎゃんっ」と悲鳴が聞こえたが、些末だ。 

 それにしても、と息を吐いた。そもそものはじまり、わざわざ死体に永続魔道をかけた理由はそれですか、と思わず呆れた。傍らでメグもため息をついている。 

「魂が宿っても、死体は死体ですのにねえ」 
「いくら輝かしかろうと、とうに滅んだ帝国でしょうにー」 

 脱力しきった口調でメグに応えながら、しかしキーラは、なるほど、と納得できた。 
 他の精霊たちが動かなかった本当の理由がわかった気がする。おそらく精霊王は、いまになってこの事実を明かしてから、命令を下したのではないだろうか。ところが魔道能力を失った、ほとんどの精霊たちが、従う意味を見いだせなかった。当然である。いま、バオが告げた見解は、統一帝国時代だから受け入れられた見解だ。いまはだれも信じない。 

(魂は循環するもの。だから物質を残しておいても、循環した魂に適合しないのに) 

 魔道士だけではなく、いまの時代に生きるだれもが、知っている常識である。 
 精霊だって例外ではないだろう、と考えて、強烈な違和感を抱いた。ロジオンをスィンと呼んだ里長だ。あの聡明な精霊が本当に、精霊王の時代錯誤な論理に納得するだろうか。剣呑な予感を覚えた。数を数える行為を放棄して、キーラは目を閉じて結界を探る。 

「……バオ。里長は、どうなさった?」 

 同じことを考えたらしい、ロジオンがにわかに緊迫した声で訊ねた。 

「扉の向こうだ。精霊王と共に、天空要塞を操縦されている。もっとも操縦に集中されているからか、わたしたちへの命令はもっぱら、顕現された精霊王が下されているが」 
「いつから里長を見なくなったんだ!」 

 鋭くロジオンが訊ね、いぶかしみながらバオが答える声が聞こえる。 

「おまえたちが里を出たあとだ。天空要塞を発動されたからあわてて集合したら、もう精霊王が顕現されていたんだ。里長はわたしに従っているからおまえたちも従えと」 
「キーラ!」 

 悲鳴のようなロジオンの声を聞いて、「もう、とうにやってる!」と云い返した。 

 なんともきな臭い話だ。命令を下すなら里長のほうが適しているのに、わざわざ上位の精霊王が命令を下しているのか。おかしいとだれも考えなかったのか。どうしてぽっと出の精霊王に命令されて、精霊たちのだれも素直に従っているんだ、と苛立ちながら、扉をおおう結界を解いていく。五重の結界、たしかにこれは、交信室を護っていたものと同じもの。けれど、それが里長の張ったものとは限らない。 

「おい、やめろ。結界を解くな!」 

 そう叫んだバオが、力を集めて文様を描いたようだったが、がたん、と大きな音がした。殴り合う音が続いたということは、ロジオンが殴りかかったのか。とにかくいまは結界をとこうとすると、キーラが解除を試みているものとは別の結界がとけた。ギルド長が回復したらしい。 

 二人がかりで結界を解いて瞳を開けば、ロジオンがバオの腕にしがみついているさまが見えた。髪が乱れて、殴られた様子もある。それでも文様を描かせないようにしている彼の隣を走って、キーラは扉を蹴破った。ギルド長を押しのけて、メグが突入する。怪我人がいるなら、自分の出番だと考えたのだろう。黄衣の魔道士は治癒を得意としている。 

 だが、そうして突入したメグは悲鳴をあげ、キーラもひゅっと息を呑んだ。 
 だらりと床に倒れた里長が、血の海に横たわっているさまが、見えたからだ。 

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