(17)

「ごめん」

 公園を出てしばらく歩いたところで、立ち止まってディーノに告げた。
 溜息が降ってくるだろうと予測していたのだけど、降ってきたのは「気にするな」という優しい言葉だった。いや、優しすぎる、と云うべきか。

 わたしは失敗した。リーチャの居場所を、ラウロに訊ねてしまった。友人同士なら許されるだろうが、自警団の一員としてなら許されない態度だ。優しくされる謂れはない。

 たが、わたしの解釈は誤りであったらしい。

「いま、おまえを責めても事態は変わらない。おまえが謝ったところで事態が改善するわけじゃないんだ。だから、頭を振り絞って、考えろ」

 いささか厳しい言葉を聞いて、わたしの唇はほころんだ。

 よかった、と感じる。ディーノは仕事に誇りを持っている。その彼が失敗したわたしを甘やかすようでは不安になるところだった。彼らしい言葉に安心して、顔をあげた。

「アイディアをひねり出すために、状況を整理してみていい?」

 ディーノは皮肉っぽく唇をゆがめ、顎で続きを促した。ひとつ頷いて、口を開く。

「まず、今回のいかさま賭博の胴元に関して、ひとつの推測がある。胴元はラウロ・ブルネッティをよく知る人物ではないかと云うこと。なぜなら今回のいかさま賭博において、もっともリターンが高い賭け対象がラウロだから」
「いまさら確認すべき事柄じゃないな」
「じゃあ、次。同時に、出場を辞退した優勝候補、カットゥロ・アッバティーニはなぜか腕を怪我していると偽って出場を辞退している。本人は頑なにその理由を話さなかったが、マウリツィオのヒントから考えると、カットゥロはなにものかを慮って出場を辞退したものと思われる。だれかというと、可能性としてもっとも高い人物は、カットゥロの師匠でもあるアドリアーノ、次の可能性としては弟弟子であるラウロ。この二名が考えられる」
「もう一人、いるだろ」

 思いがけない言葉に、ぱちぱちとまたたいて見上げれば、ディーノはあからさまに呆れた表情だ。「おれはリュシシィから聞いてるんだぜ?」、そんなことを云うものだから、ちょっと眉を寄せた。リュシーがディーノに伝えた、情報。ラウロやカットゥロ、アドリアーノじいさんに関する情報だ。ざらっと探って、ああ、と気づいた。

「出奔したという、アドリアーノじいさんの息子さん……」
「カットゥロはいちばんの優勝候補なんだぜ? よほどの理由がなければ、出場を辞退しないだろ。いま、アドリアーノは心臓を悪くして療養中だ。もし出奔した息子が、それもかつて、ピッツァイオーロとして修行していた息子が、ピッツァフェストにおけるいかさま賭博にかかわっていると知ったら、病状を悪化させる可能性がある。律儀・・な弟子としては、避けたい事態のはずだ」
「いちばん可能性の高い、三人目と云うわけね」
「ちなみにおまえ、リーチャと云う娘からなにを聞き出そうとしていた?」
「ラウロが不審人物と接触していなかったか。あるいは、脅されていなかったか。――――彼の行動、おかしいもの。ピッツァフェストに出場するつもりなら、施設が整っているアドリアーノじいさんの店で修行していたほうがずっといいはずよ。屋台にも窯があったけど、あれにはびっくりしたけど、それでもピッツァフェストで使用する窯と携帯用の窯とじゃ、微妙な違いってあるものね。なのに、師匠の店だから、と云う理由で利用しない理由がわからない。アドリアーノじいさんだっておかしく感じただろうに、ラウロはそうした。でも、今回の出場がラウロにとって不本意だったと考えたら、納得できるの」

 つまり、ラウロはピッツァフェストに出場しても優勝したくないのではないだろうか。
 だから修行の手をゆるめている。いささか傲慢だけど、あのラウロがあえて生ぬるい行動に出るほど、不本意な事情があるのだとしたら。

(それでもやっぱり、馬鹿にしているとしか思えないんだけど)

 だって、ラウロはピッツァイオーロだ。ピッツァの職人なのだ。仮にもその称号を受け取っている以上、ラウロにはお客さまに最高のピッツァを提供する義務がある。たしかに現状、屋台での営業は好調みたいだし、あれはあれで喜んでいる人も多いみたいだけど、それでも手を抜いているという事実は、すごく失礼な行為だとわたしは感じる。

 そして、もうひとつ。

「――――気になることがあるの」

 ふっと疑念を思い出したから口にする。ディーノがちらりとわたしを見る。

「ラウロ、カットゥロに向かって叫んでいたのよね。『師匠の店をつぶしたくせに』、これはどういうこと? どうしてラウロはあんなことを云ったのかしら……」

 ちかりとディーノは鋭く瞳を光らせ、すでに歩き去った公園を振り返った。

「……もしかしたら、ラウロ・ブルネッティは胴元の協力者なのかもしれないな」

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