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公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

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ほおづえをついて

「兄弟よ。ここはやはりセレストブルーであろうっ」
「なにを云っているか。カーディナルほどふさわしい色はあるまいっ」

よく似た2人が目の前で言い争いをしている。ミカド・ヒロユキはぽかんと2人を眺めていた。やたらと豪奢なこの部屋には、さまざまな色の布地が乱雑に広げられている。なぜだか赤系統青系統に偏っているようだが、2人はそれぞれ布を引っ張りながら、なにやら訳のわからない主張を繰り広げている。困惑するしかない事態である。


母の一族から父の屋敷に引き取られた、最初の日の出来事だった。


多大なる緊張に捉われながら、立派な屋敷に足を踏み入れたミカドではあったが、セイブル侯爵である父に挨拶するよりも先に少年たちにさらわれてしまったのだ。この部屋が何を目的とした部屋かはわからないが、この2人の正体はさすがに察していた。執事やメイドたちの態度を見ればよくわかる。ミカドの異母兄たちであろう。


“今日よりは父君兄君たちに、心からお仕えするのですよ“


家を出る際に聡明なる叔母が諭してくれた言葉が、ずっと脳裏で響き続けている。はい、叔母上。母代わりに、ミカドを育ててくれた人の言葉だ。ミカドにとってなによりも、優先すべき大事な言葉なのだ。


(――けれど、こうした場合はどのような反応を示すことが、「心からお仕えする」ことになるのでしょうか叔母上?)


自分の立場はよく理解している。だからこそ、ぐるぐると困惑を抱えていると、こんこんこん、と開けっ放しの扉が叩かれた。はっと振り向くと、口元にひげをたくわえた男性が呆れた様子で立っている。品格のある佇まいからすぐに分かった。セイブル侯爵だ。ミカドの、父である。初めて会う父親だったが、心にさざ波のような動揺はなかった。


「初めて会う息子がなかなか姿を現さないと思えば、何をしているのだそなたたちは」


朗々と声が響く。当主自らの質問である。ようやくこの状況から脱することができると安堵したミカドだったが、その見込みは甘かったようだ。相も変わらず、2人の少年の口論は続いている。よく似た2人は互いの顔しか見ていない。だから気付かないのだろうか。ミカドは首を行ったり来たりと動かしながら、傍に立つ侯爵を慮った。


なにせ国を代表する貴族である。息子たちに軽んじられることは、矜持が許すまい。だからこそ怒りだすことを予想したのだが、侯爵は思いがけない行動に出た。ミカドが座らされている長椅子の端に歩み寄ってきて腰かけたのである。ミカドはまじまじと侯爵を見つめた。侯爵はひじかけに片ひじを置いて、頬をてのひらに乗せた。つまり、ほおづえをついたのだ。謹厳なる侯爵の、思いがけず砕けた様子に吃驚していると、ちらりと侯爵がミカドを見た。


「レインフォールもジークフリードも、ああなってはひとまずの結論が出るまで落ちつかん。説教はあれが終わってからだ」「……よろしいのですか?」


一族の長に対してあまりにも不敬な態度であろう。だからこそ、ためらいがちに問いかけると、侯爵は苦笑を浮かべた。


「あやつらはおまえの礼装を仕立てるため、どちらの色がふさわしいか云い争っているのだ、ミカド・ヒロユキ」
「え……」
「2人とも弟に会うのを楽しみにしておったのでな。ならば仕方ないと許してやるしかないであろうよ」


ミカドは目を丸くして、異母兄たちを見た。扉を開けた途端、にこやかな笑みを浮かべていた華やかな少年たち。弾んだ声で迎えてくれたが、どこか疑いの眼差しで見つめていた。妾の子供を歓迎するはずもない、そう考えて。だが、――だが。


(兄は。兄上たちは)

ほおづえついている父を無視して、夢中に口論している兄たちは、自分のために云い争っているのだと云う。それも、礼装にはどの色がふさわしいか、というささやかな問題のためだ。些細なことなのに、口論の材料にするほど、大切に考えてくれている。


――お仕えしなさい。
(ああ、そのつもりでした叔母上)

「兄上がた!」

思い切って声を張りあげる。すると父の呼びかけにもとまらなかった口論が、ぴたりと止まった。む、と横からうめき声が聞こえる。そうだろう、家長としての威厳は台無しだ。だがくるりと振り返ってきた兄たちに、ミカドは困ったように告げた。


「せっかくのお心づかいではありますが、わたくしは、その、黒がいちばん好きです」


叔母の言葉を大事にするならば、やがて導き出される色を纏うべきなのかもしれない。けれど兄たちは。弟としてミカドを迎えてきた兄たちに対して、それはあまりにも他人行儀でしかなかった。


――とはいえ「「黒を好むとは、無粋にもほどがあるぞ愚弟っ」」とユニゾンで返されたときには、思いきり頬をひきつらせたのだが。

001:ほおづえついて▼
(拙作「廃園遊戯」より、ミカド・ヒロユキと2人の兄たち)

兄弟の対面話。成長した後は兄に対しても動じなくなったミカドさんですが、やはり屋敷に引き取られたばかりの日はわたわたと動じまくっていたのでした。しかし「ほおづえついて」の御題をあまり活かしていませんね。反省、+要修行ですねっ。

2011/07/06

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