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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

秘密

「占いを頼む」

ショッピングセンターの片隅に、黒髪をのばした女が座っている。
日焼けなど感じさせない白い肌に濃色のワンピースという組み合わせは、「占い師」という職業にはまり過ぎていた。少々浮いているのだが、占い師とはこうであれ、という願望があるのか、特に奇異の目を向けているものはいない。

しかしいまは商売場所にいるからいいが、たとえば出勤する途中は注目されたりしないんだろうか? 俺はそんなことを考えながら、見上げてきた女の向かいに座った。

「またですか」

商売する気がないだろうおまえ。

思わず突っ込みたくなったが、いささか、後ろめたさを覚えていたから黙ってメニューを見つめる。総合運2000円、仕事運2000円、恋愛運3000円、……さらりと眺めて、ぴたりと恋愛運を指差した。女の表情は動かない。期待していた俺はわずかに落胆したが、表に出すようなことはしなかった。ではこちらに生年月日を、と差し出された用紙に個人情報を書く。受け取った女は、俺にはわからない数式で計算を始めた。白いまろやかな指がしゃっしゃと動く。飾り気のない指だな、と微笑ましい気持ちで眺めていた。

「初めてですね」

ところが女がそう云いだしたものだから、頬杖ついていた手のひらから、ぴくりと頬を離す。

何が、と問う前に女が続けた。

「いつも『金になる依頼が来るのか、占ってくれ』と仰るばかりですのに」
「まあ、……俺もお年頃だからな」

おどけようとして中途半端な響きになってしまった。それだけ驚いたのだ。
この女がそういうことを云い出すことはめったにない。なにかに気づいただろうか、でも、なにに?

「運勢は悪くありません。ただ、あなたの行動によって、良くも悪くもなります」
「へえ、それはそれは」
「ただ、あなたの恋愛運は今、仕事運と連動しているようですね」

どうにでも取れる言葉を軽く流そうとした、その瞬間をねらうかのように、鋭い言葉が飛び込んできた。ひととき、息を止める。やがて、いつも通りの調子を心掛けて「おいおい」と返した。

「仕事運まで視てくれるのか? 財布には今、5000円札しかないんだけど」
「問題ないじゃありませんか」

さらりと女は俺の苦情を受け流す。そりゃあ、おまえさんはいいだろうよ。シャツに潜り込ませた名刺入れ、その中にある写真を思い出して心の中で呟く。
だが、そんな内心を見透かしたように、女は続けたのだ。

「仕事を優先させれば恋愛運は失墜します。そういう運勢です」
「――――へえ」

再び女を見た。小作りの、少女のように可憐な顔立ちに、さらさらと流れる黒髪。人形のような外見に反して、無愛想な表情に言動。

――はじまりはいつだったか。ほんの数カ月、ぽつねんとこの占いコーナーに座る女を見かけたときからかもしれない。

財布を取り出し、五千円札を取り出し、置いた。ありがとうございます、と、涼やかに澄んだ低音の声で告げて、女は俺を見送る。

しばらく歩いて振り返ると、女はもう、俺を見ないで本に視線を落としていた。まったく。

(商売気がないやつ)

くすりと笑ってしまった。
だが今度こそ前を向いて、仕事場に向かって歩き出した。

また日にちが経てば、俺はここを訪れるのだろう。
名刺入れに収めた写真、人形のような美貌の令嬢探索、という依頼には断りを入れて。

解決したら間違いなく大金が入る。
そんな仕事があったことなど、完璧に内心に隠し通して。

いままでと同じように、ここに通うのだろう。

「仕方ねえよなあ、占いにそう出たんだから」

悔いを振り切るようにうそぶく。
さあ、浮気調査とペット探索が、俺を待っている。

002:秘密▼
(現代もの 売れない探偵とやる気のない占い師)

秘密にするのもいいけど、そろそろ行動に出ないかい。と、突っ込みを入れたくなるような男子でございました。ちなみに占いコーナーのモデルは近所のショッピングセンターです。こういう占い師さんは見かけたことはありませんが、休憩時間らしきときに代金をのぞいたことがあります。それにしても占い師さんはどうやって営業活動をされているんですかね?? 口コミ? 口コミですか?

2011/07/07

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