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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

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宝箱集配人は忙しい。

目次

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 朝食は軽め、昼食はしっかり。では夕食はというと、僕の場合は飲むことが多い。

 だから今日も、仕事を終えてなじみの店に足を向けた。

 冒険者ギルドの建物から外に出ると、ちょっと肌寒いような気がした。そろそろ熱燗を注文してもいい頃合いだろうか。いや、仕事終わりはやっぱり口の中でシュワッとはじける発泡酒を飲みたい。どちらを飲むか、今日のおすすめ料理で決めるかな。

 そう考えながら、歩いている時だ。

 僕を呼ぶ声が聞こえて、思いっきり眉を寄せてしまった。

 聞き覚えがある、この声。このまま聞かなかったことにしたい。今晩の酒のつまみについて考えていたい。そう思ったのだけど、声の主は僕の名前を繰り返す。息を吐いた。

「路上で僕の名前を繰り返すのはやめてもらえませんかね」

 そう言いながら振り返れば、黒髪の貴公子が微笑んでいた。

 以前、ちょっとした事件に関わる形で知り合いになった人だ。冒険者でもなければ、貴族でもない。自警団の人間が職務質問したところ、「旅人だ」という堂々たる答えが返ってきたから、不審者なんだと思う。旅人と名乗りながら長くこの街に留まっているあたり、僕の評価は間違いではないだろう。そんな貴公子は僕の苦情をサラリと受け流し、

「そうはいうが、『おい、そこのおまえ』と呼んでも足を止めてくれないだろう?」

 と言ってきたものだから、僕は胸を張って応えた。

「当然ですね。きっと僕以外の人間を呼んだのだと考えるでしょうから。で、」

 今日はなんの用ですか、とつっけんどんに言えば、貴公子は悲しげに眉を下げる。

「なぜ、そんなに冷たいのだ。わたしとそなたの仲であるのに」
「どんな仲ですか、どんな」
「街中で見かけたら声をかけて会話したくなる程度の仲だな」
「……そうですか」

 臆面もなく言われた言葉に、僕はなんだかむず痒い気持ちになった。

 どうしてだろう。初めて会ったころから、この貴公子は僕に対してまっすぐな好意を向けてくる。名前以外正体不明な不審者に、あまり心を許したくないんだけど、あまりつっけんどんに対応するのも、妙に気が咎めた。ため息がこぼれる。近くに目的地が見えた。

「だったら、街中で見かけたら声をかけて夕食を共にする仲、になりますか」
「うん?」

 僕の言った言葉の意味がわからなかったらしい。貴公子は首を傾げた。

 恥ずかしいなあ、もう。むすっと唇を結びたくなったけど、しぶしぶ言い換える。

「これから夕食なんです。ご一緒しませんか」

 ようやく僕の意図を理解した貴公子は、フワッと嬉しそうに笑った。

 気品ある貴公子なのに、まるで子供のような反応だ。もちろんそう感じたことは表に出さない。「喜んでご一緒しよう」と返されて、僕はちょっと安心した。

 まあ、正体不明の相手なんだけど。

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