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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

宝箱集配人は忙しい。

目次

13

 酒場から出ると、肌寒いと感じていた風が、ちょうどよかった。

「夜風が気持ちいいな」

 まさに思ったことを貴公子が言ったものだから、僕はなんとなくおかしくなった。軽く笑って貴公子を見上げたところ、静かな眼差しに違和感を覚えた。遅れて僕も気づく。

 離れた位置から、僕たちをうかがっている人がいたんだ。複数かな、この気配は。

「あなたですか」

 僕に心当たりはない。だからそう訊ねれば、心外そうな表情を浮かべる。あれ、ちがうのか。じゃあ、ただの追い剥ぎかな。この街は首都の名にふさわしく治安はいいと思っていたんだけど、と、残念に感じた。とりあえず、人通りの少ない路地裏に誘導すべきだろう。貴公子だってかなり頼りになる存在だと知っているんだ。

 僕らが動き始めると、追跡者も動き始める。

 そこそこかな。僕は評した。

 どうやら誘導されている事実に気づいてない様子だ。練度はまだ低いと評価しているうちに、僕たちは酒場から離れた位置にある路地裏にたどり着いた。行き止まりの壁を背中にして、振り返ると、バラバラと追跡者が姿を見せた。服装から判断するに、どこかの組織に所属する人間じゃない。ただのチンピラかなあ、これは。

「すまないな、どうやら目当てはわたしのようだ」

 相手を測っていると、貴公子が唐突に言った。やっぱりか。そう思いながら口を開く。

「どんな経緯です?」
「宿屋の娘を困らせていたから、軽く懲らしめた。覚えていろと言っていたが、それきりだったから、うっかり忘れてしまっていた。五日前の話だ」

 なるほど。まあ、わかっていたけど、情状酌量の余地なしだ。

 僕たちが怯えもしないでそんな会話をしていたからだろう、いくらか苛立った様子で相手が口を開く。ぐるりと僕たちを囲んで、優位な立ち位置にあるのに、余裕がない。

「よお、兄さん。ごぶさた~」
「忘れてましたぁ? 忘れてましたぁ? でも残念。俺たちは覚えてます~」
「しっかり落とし前をつけてやろう、ってな。せいぜい震えろや、コラァ!」

 口々に囃し立てながら、彼らはジリジリと距離を縮める。うーん、素手で僕たちに向かうなんて、なかなか紳士的なチンピラだ。てっきり武器を使うかと思った。

 僕がそんなことを考えているとは露知らず、貴公子はため息をついて進み出た。

「しかたないな。どうやら身から出た錆のようだ。そなたはじっとしていろ」
「あれ。お手伝いはいらないですか」
「ああ、不要だろう」

 強い人って天然に煽るなあ。

 僕がそう感じたように、彼らも煽られたように感じたんだろう。「ふざけるなや!」と言って貴公子に襲いかかった。ああ、なんて無防備な。眺めていた僕はそう思った。事実、あっさりと貴公子に避けられる。たたらを踏んだところで、背後から一発喰らう。

 これで一人が片付いた。あと四名。まあ、余裕かな。

 僕は背後の壁にもたれかかって、貴公子が動くさまを眺めていた。ひらり、ひらり。相手をしている彼らが気の毒になるほど、舞うように闘っている。強いな、やっぱり。知っていた事実を再確認した。ギルド長がこの様を見たらスカウトしたがっただろう。正体不明という事実さえなければ、僕も推薦していたかもしれない。

 いや、ひとつだけ分かったことはあるか。

 いま、僕が大人しく見学に回った理由は、ひとつには僕が出しゃばってはいけないと考えたこと、そしてもうひとつには、貴公子の戦いぶりをちゃんと確認したかったからだ。

 結論、彼は貴族ではない。

 少なくとも貴公子が身につけている体術は、貴族のたしなみで覚える流派ではない。もっと実践的な、古い流派だと見当をつけて、僕はまぶたを伏せた。

 なんだかなあ。ますます謎が増えていく御仁だよ。

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