MENU
「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

宝箱集配人は忙しい。

目次

14

「終わったぞ」

 そう声をかけられて、僕は顔を上げた。

 言葉通りに、襲撃者たちは累々と倒れている。その中で貴公子は息も乱さないまま立っていた。僕は苦笑して「おつかれさまです」と言って、倒れている面々を見た。思ったより若い。最後まで武器を取り出さなかった事実を思い出せば、まだまだ子供なのかもしれない。だからこそ、しっかり叱ってもらう必要があるよな、と考えて、術式を紡いだ。

 自警団への知らせを飛ばしたら、興味深そうに貴公子が飛んでいく術式を眺めている。

 この術式は少し前に開発され、便利だからという理由で広まったものなんだけど、まさか、知らないんだろうか。まあ、地方ではまだ浸透してないようだから不自然ではない。

「自警団を呼びました。あとは任せてくれていいですよ」

 なにせ職務質問しても「旅人だ」と答える人だ。駆けつけてくる自警団とは顔合わせしないほうがいいだろうと考えての提案だったんだけど、彼は首を振って僕の隣に並ぶ。

「そういうわけにはいかないだろう、わたしの因縁だ」
「因縁って」

 なかなか律儀な人だな、と考えていると、静かな様子で貴公子は続けた。

「それで、わたしの来歴はわかったか?」

 その言葉に思わず目を丸くして、苦笑を返してしまった。

 気づかれてたか、やっぱり。

「さっぱりです。むしろますますわからなくなりました」
「ほう? 敏腕で知られる室長とは思えぬ発言だな」
「過大評価ですよ。僕は与えられた地位で日々、職務を遂行しているだけです」
「そもそも、その地位を与えられることが有能なのだと思うが?」

 ちらりと隣を見上げた。僕を見ているのかと思えば、貴公子は僕を見ていない。ただ、遠くを見ている。その先にあるものは、……迷宮? ひとつの可能性が閃いた。

 まさかな。すぐに否定した。ギルド関係者でもない人間が、迷宮の真実を知っているはずもない。でも閃いた可能性は、僕にわずかな焦燥感を抱かせた。何かを言わなければ、という気持ちになっている。でもこういう時こそ、何も言わないほうがいいのだ。

 沈黙したまま、僕たちは並んで立っていた。

 夜といっても深夜というほどではないから、物音が聞こえる。とはいうものの、人通りから離れた路地裏だ、かすかな物音以外聞こえない状況は、少々、息がつまる。

 だんだんと、無駄な意地を張っているような気持ちにもなって、僕は口を開いた。

「思いがけない食後の運動でしたね。酔いがまわってませんか」

 かすかな笑声が聞こえた。

「問題ない。そなたも言っただろう、わたしは酒で失敗はしない」
「ですね。お見事なお手前でした」
「わたしは少々悔やんでいるところだ。せっかくそなたと楽しい時間を過ごしていたというのに、台無しにされた気持ちになっている。飲み直しに誘いたい気持ちだぞ」
「それはご辞退申し上げます。明日も早いので」
「そう言うと思った。やれやれ、つれないことだ」
「あれ。また飲みに誘おうと考えている僕に対して、そういうことを言いますか」
「うん?」

 ずっと遠くを見つめていた貴公子の眼差しが、ようやく僕を振り返る。

 意外そうな、どこかキョトンとした眼差しに、僕は笑いかけた。

「美味しかったでしょう。あの酒場の料理」
「うむ」
「一回行っただけで知った気になられるのは癪に障りますからね。また行きましょう」

 おすすめ料理はまだまだたくさんあるんですよ、と続ければ、貴公子は吹き出した。

 翳りない笑声を響かせたあと、「そうだな」と言って、僕に微笑みかける。

「また行こう。楽しみにしている」

 子供のように憂いのない笑顔に、僕もてらいなく笑い返した。

 正体不明で旅人と自称する不審者。だが誰の目にも貴公子と映るほど気品ある人で、かとおもえば、困っている人を放っておけない人情味のある人でもある。

 謎は尽きない。でもこのひとときを心地よく感じている事実を認めてもいいだろう。

 

目次