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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

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宝箱集配人は忙しい。

目次

17

 ギルド長室を退室して、再び内庭に向かう。

 今度こそ、ギルド長が一人だったから近づいた。屈み込んで雑草をむしっていたギルド長は、「ギルド長」と呼びかけると、日焼け止め帽子の下から、僕を見上げてきた。

 なんとなく落ち着かないから、僕も屈み込んでギルド長と目線を合わせる。

「いま、大丈夫ですか」

 そう訊ねた理由は、先ほどの冒険者と一緒にいる姿を思い出したからだ。僕がそう訊ねると「ふふ」と小さく笑い、ギルド長は立ち上がる。合わせて僕も立ち上がった。

「千客万来だのう。管理室に引きこもりのおまえさんが、珍しい」
「迷宮の攻略を開始しますからね。報告せねばと参りました。ただし先客がいらしたから、副ギルド長へ先に報告してしまいましたが」
「構わんよ。マクファーレンの判断は信用できる。あやつは了解したのだろう?」
「はい。ユーインとラナを派遣してくれるとのことでした」
「なにっ。それではわしの仕事が片付かなくなるではないかっ」

 少々狼狽した様子のギルド長に、僕は少々咳払いをして。

「ええと、ギルド長にいつもの倍、仕事をさせればいいのです、と副ギルド長が」
「うーむー。あの鬼畜眼鏡ーっ。そんなにわしに仕事をさせたいのかっ」
「させたいんでしょうねえ。きっと内庭に出る余裕もなくなりますよ」

 遠回しに、副ギルド長がギルド長の悪癖を疎んでいる事実を告げると、ギルド長はしょんぼり、眉を下げる。副ギルド長の思惑を僕から突きつけられて、気落ちしたらしい。

「あやつもむかしはかわいかったのにのぅ。なんでああも仕事中毒になったのやら」
「あれ。そうだったんですか」
「うむ。まだわしのところに来る前の話じゃ。他でもないここで、よく落ち込んでおったのだぞ? 『僕は現場が好きなんです。ギルドでの事務仕事は嫌いなんです』というものだから、わしは言葉を尽くして、ギルドでの仕事の意義を伝えた。そうしたらだんだん明るくなって。なのに、わしがギルド長だと知った途端、態度が厳しくなりおった!」

 手のひらを返しおって! とプリプリするギルド長に悪いけれど、なんとなーく、僕は副ギルド長の気持ちがわかるような気がした。悩みを打ち明けた庭師がギルド長だった、なんて事実は、なかなか衝撃的だと思うのだ。現実的に考えたら、ほとんどの人間が「この人、こんなところで何やってるんだろ」と考えるに違いない。最悪「この人、本来の仕事、ちゃんとしてるのかな」という気持ちにもなる事実だ。身分を隠して弱い立場の人間を助けたというミィト・コモーンの逸話は伝説だから受け入れられているのだ。

 あるいは、そう考える人間がいるだろう可能性に気付いたからからこそ、副ギルド長はギルド長の悪癖に対して厳しいのかもしれないな、と思い付いた。勝手な推論だ、でも副ギルド長がギルド長を尊敬している事実を知っている僕には、納得できる推論だった。

 言いやしないけどね、他人の気持ちを勝手にわかった気になってはいけない。

「まあ、そんなわけですから、よろしくお願いします」
「うぬぬぬ。まあ、よかろう。おまえさん、解析班に加わるのか?」
「その予定です。本来なら、秘書どのに代理を任せようと考えたんですが」

 そう言って、僕は息を吐いた。

 そうなのだ。僕の目論みでは、秘書どのと僕は別班に編成して、僕が迷宮解析をしている時には<宝箱管理室>に留まってもらおう、となっていた。ところが今回、メンバーの希望他を聞き入れて編成してみたところ、秘書どのの希望通り、僕と秘書どのは同じ班でも編成できてしまったのだ。だから秘書どのに僕の代理は務められなくなった。

 そのあたりを打ち明けると、ギルド長は苦笑を浮かべる。

「有能な人なんですよ? だから僕の代理をお願いできたら、頼もしいんですけどねえ」
「元の地位が地位だからの。それをしたら、お前さんに代わって室長に就任したのだと勘違いする人間が多く出没しそうじゃ。紛らわしい真似は避けるべきであろうよ」
「……いまさらなんですが、なんで王太子だった人がギルド職員になってるんです?」
「本人の希望じゃな。まあ、パワーバランスとか、いろいろあるのじゃよ」

 いろいろある。そりゃそうだろう。

 でもそれだけで済ませていいものなのか、と秘書どのの上司たる僕は思ってしまうのだ。せめて秘書どのが上司だったらなあ、こんなこと考えずに済んだのに。

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