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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

宝箱集配人は忙しい。

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 当たり前なんだけど、太陽の光はこんな場所にも差し込むんだなあ、と僕は考えた。

 こんな場所、すなわち牢だ。どうしてそんな場所にいるかと言えば、王女さまの侍女が激高して、僕を捕らえさせたからである。

 客として迎えた僕に対しての捕獲命令に、近衛騎士たちは戸惑っていた。が、主たる王女さまが侍女を制止しないんだ。抗言した近衛騎士もいたが、ヒステリックな状態の女性に及び腰の男性が勝てるはずがない。

 だから僕は捕らえられて、牢屋に放り込まれた。さいわいにも同じ牢内で収監されているひとはおらず、僕はのほほんと朝日の温もりを堪能しているわけだ。

 まあ、あまり悲観してはいない。

 たしかに僕の発言は王女さまを傷つける発言だっただろう。でもそんな僕を招いた人は王女さま自身なんだ。侍女も制止しなかった。結果、迎えたこの状況を、たとえば秘書どのが知ったらどう判断するだろう。昨日の様子を思い出したら、僕を釈放する手助けくらいはしてくれるんじゃないかなあ、という想像ができた。だから僕はのんびりと過ごしているわけだ。

 そんなに長い時間、牢で過ごすことはないと思う。そう考えていた矢先だ、退屈そうにあくびをしている看守の近く、牢の扉が開いたさまが、格子扉から見えた。

 もしかして、と、期待した僕の視線の先に、少年が立っていた。赤みを帯びた金の髪に、あざやかな青い瞳は、王女さまを連想させる色合いだ。だからすぐに少年の正体に気づいた。意外だった。秘書どのではなく、まさか弟ぎみである第二王子さまがやってくるなんて。

 第二王子さまは、すぐに牢の中にいる僕に気づいた。

 ほっとしたような表情を浮かべて、傍に控えている近衛騎士をかえりみて、短く指示を出す。近衛騎士は看守に働きかけて、看守は僕を牢屋から出す。

 想定内の釈放だ。

 でも解放者がこの方だったところは、想定外。そう思いながら、僕はかしこまって頭を下げた。

「ありがとうございます。助かりました」

 すると「顔を上げてください」という声が聞こえた。声変わりをむかえていない、涼やかなボーイソプラノに従って顔を上げると、神妙な顔つきの第二王子さまが見えた。

「こちらこそ、姉がご迷惑をおかけしました。ごめんなさい」

 そういって第二王子さまは頭を下げてくるから、僕はあわててしまった。

「いえ、わたしの配慮が足りなかったのです」

 事情は伝わっているんだろうか。だれが第二王子さまを巻き込んだんだろう。この状況に困惑しながら言葉を返せば、第二王子さまは首を振る。神妙な表情は変わらない。

「あなたは悪くありません。姉が、一方的に、自分の事情にあなたを巻き込んだのです」

 その通りなんだけど、さすがに同意しちゃまずいだろう。

 だからあいまいに微笑んだ。第二王子さまも困ったように眉を下げた。

 へえ、と思った。

 第二王子さまと我らが秘書どのは異母兄弟だ。だけど、困ったときに浮かべる表情は驚くほど似ていると気づいたんだ。僕がそんなことを考えていると、もちろん気づかない第二王子さまは、きりっと表情を改めたあと、きっぱりとした口調で続けた。

「父王にも報告いたしましたから、もう、姉があなたを煩わせることはないと思います。アリッサには暇を告げましたし、----そもそも姉は公爵家への降嫁が決まりましたから」

 ふうん。あの問題ある侍女はクビになって、王女さまは本格的に失恋するわけだ。

 僕は脳内にある貴族構成図を思い浮かべた。国内に公爵家は三つある。そのうち、王女さまが降嫁できそうな家はふたつ。さて、どちらの家に降嫁することになったんだろうと考えながら、もう一度、第二王子さまに頭を下げた。

 王女さまの降嫁事情なんて国家のトップシークレットだ。それなのに話してくれた理由は、彼なりの謝罪だろう。だからこれ以上、この問題には触れない。手に入れた情報も口外しないことを誓った。第二王子さまはにっこりと笑う。

「あなたを解放できてよかった。兄上の使いが来たときにはどうしようかと思いましたが」

 どうやら第二王子さまがここに来た理由は、秘書どのの働きかけがあったらしい。

 予想通りだ。それでもやっぱり、秘書どのは有能だなあ、という気持ちと、すぐに動いてくれた第二王子さまにもありがたいなあ、という気持ちが深くわき上がってくる。

 うん。今日は秘書どのをねぎらうことから仕事を始めよう。

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