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公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

宝箱集配人は忙しい。

目次

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 正直に言ってしまってもいいだろうか。んなこと、知るもんか、と。

 だって、そうだろう。確かに僕は勇者と会話をする。けれど、彼の事情に踏み入れるような会話を交わしたことはない。いつだって、迷宮探索に関わる内容だ。彼が好ましく感じている女性に関する話題が出る余地なんてない。そんな間柄ではないのだ。

 むしろ勇者の仲間に訊ねるべき内容じゃないかなあ、と考えて、勇者が魔王討伐に旅出った事実を思い出した。そうだった。だとしたら勇者の仲間に訊ねることなんてできないよなあ。そんなことを考えながら、僕は頭を下げ、かしこまって申し上げた。

「いえ、わたしの耳にはそのような噂は入っておりませんが」

 僕の応えを聞いた王女さまはほっと息を吐き「そう」とつぶやくようにおっしゃった。

 そもそも僕は冒険者ギルドの中間管理職でしかないんだってばー。ギルド長でもないんだから、全職員の恋愛事情まで把握してないよ、という気持ちでいっぱいになっていると、王女さまは持っていた扇をぎゅっと握りしめる。「ん?」と訝しく感じて見上げると、王女さまはひどく思いつめたような表情を浮かべていた。

「でも、それなら、どうして」

 王女さまのその言葉は、きっと、僕に聞かせるつもりもなかった言葉なんだろう。

 思わずこぼれた、という響きだったし、僕の視線に気づいた王女さまはキュッと唇を引き締めたからだ。僕は目線を下げて、聞かなかったふりを装った。やっべえ。

 なかなか気まずい沈黙が横たわる。

 僕は目を伏せたままだし、王女さまも唇を結んだままだ。この空気、どうにか変えられないものかな、と考えたところで、王女さまがふたたび口を開いた。

「待たなくてもいい、とは、どういうことかしら」
「は」
「勇者さまがおっしゃったの。無事のお帰りをお待ちします、と申し上げたら、そのように。……どういう意味だとあなたは考えますか」

 どうやら王女さまは本格的に、僕を相談相手に選ぶことに決めたらしい。

 やっべえ、厄介ごとに巻き込まれてしまった。そう思いながらも、ずばりと言って旅立ったんだなあ勇者、とも考えた。せっかくの逆玉の輿なのに無欲なことだ。でもあの勇者らしいと言えば勇者らしいとも感じる。礼儀作法を身につけ、王宮での処世術も教わっただろうに、いつまでたっても朴訥さも失わないあの若者ならば、うなずける発言だと。

 帰りを待たなくてもいい。

 それは普通に考えたら、お断りの言葉、別れを告げる言葉だ。

 王女さまは勇者が告げた言葉の意味がわからないんだろうか。僕はためらいを覚えながら目線をあげ、すがりつくように僕を見つめている、王女さまの揺れる視線に気づいた。

 ああ。王女さまは本当は、勇者の意図に気づいている。

 それでも否定して欲しくて、僕に質問をしているのだ。ちょっと切ない気持ちになった。問題行動もあるにせよ、王女さま自身の気持ちは、本物だったようだから。

 ただ、僕は王女のそばに控えている侍女の視線にも気づいた。きつい眼差しで僕をにらんでいる侍女は、王女を傷つけるな、と牽制しているのだろう。たいした忠誠だけど、本末転倒だとも感じた。彼女は王女さまを制止せず、僕をこの場に招いたのだから。

 ひとつ、息を吐く。

 思い切って顔を上げて、僕はまっすぐ王女さまを見返した。

「恐れながら申し上げます。勇者どののお気持ちは王女殿下のもとにはないのではないかと僕は愚考いたします」

 僕の返答は王女さまを傷つける。わかっていたけれど、それが僕の返せる言葉だった。

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