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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

宝箱集配人は忙しい。

目次

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 出来上がったチーズリゾットは、とてもとても美味しいものだった。

 米はちょうどいい加減に煮上がってきたし、チーズのとろみもコンソメの風味も申し分ない。僕の記憶でいちばん美味しいチーズリゾットは、亡くなった母親が作っていたものだけど、この貴公子が作ったチーズリゾットも引けを取らないと感じた。

「美味しいですねえ」

 それまでの流れを全てすっとばして、僕はニコニコとそういった。

 美味しいものを食べていると、しあわせが脳を支配する。そういうものじゃないか?

 厨房のテーブル、僕が座る向かい側について、貴公子も同じように食べていたけれど、貴公子は困ったように笑った。

「そなたは本当に、美味しそうに食べるな」
「いやですね、本当に美味しいからですよ。五臓六腑に染み渡る美味しさです。不味ければ吐き出しますけれど、このチーズリゾットに限ればそんなことはしたくありません」
「そうか。まあ、よい」

 ところで僕たちがいる厨房には、ダークエルフの彼女がいるのだ。

 僕たちから離れた場所から、僕をじーっと見張っている。まあ、大切な魔王を傷つけるんじゃないかと警戒する気持ちはわかるんだけど、チーズリゾットが出来上がってから、その眼差しに変化があったんだよな。

 なにやら羨ましそうな、どこか恨めしいような、そんな気配が漂うようになった。

(もしかして、食べたいのかな)

 チーズリゾットを口に運びながら、僕は鍋の様子を思い出した。貴公子はきっちり二人前を作っていたから、もう残りはない。けれど、ここまでの眼差しを向けられていたら、ちょっとだけ、気が咎めるのだ。

「あの」

 腕を組んでいるダークエルフの彼女を見つめて、僕は口を開いた。

「ひとくち、食べます?」
「なっ、バカなことを言うな!」

 僕の発言になぜだか赤面して、ダークエルフの彼女はそんなふうに言う。

 まあ、確かに、初めて会った男から食べかけのチーズリゾットを薦められても困るだけかもしれない。我ながらちょっとデリカシーの欠ける提案をしてしまったかな、と反省していたところ、貴公子が小さく笑って教えてくれた。

「そなたは、ダークエルフの風習を知らぬのだな」
「ええと、エルフ族の知り合いはいるんですけれどね」
「ほう、興味深い。だがこの場合はダークエルフだ。彼らにとって、食事は人前でしていいものではない。はっきりと言えば、タブーなのだ。彼らの信仰にまつわる、な」

 それから貴公子が話してくれたところによると、ダークエルフは植物を信仰する一族らしい。それも部族によって信仰の対象となる植物は違ってくる。だから部族によって食べてはいけない植物が違うため、無用の争いを避けるために、違う部族の前で食事を取らないそうだ。同じ部族同士ならば、いっそ種族が違うならば食べてもいいという理屈は成り立つが、それでも人前で食事をすることを避ける一族らしい。

 へえ、と僕は驚いた。

 知り合いのエルフは、僕と一緒に、あの酒場で食事をしたものだけど、彼に気にした様子はなかったなあ。タブーを侵しているという感じでもなかった。それがエルフとダークエルフの違いなんだろうか、と考えていると、ダークエルフの彼女が口を開いた。

「そこらのエルフと誇り高きダークエルフを一緒にしないでもらおうか。ヤツらは人間と交わっていくうちに、本来、守るべき誇りを捨て去った一族だ。タブーをタブーとも思わない。そんな一族は、もはやエルフとはいえぬ」
「サフィール」

 貴公子がたしなめたけれど、ダークエルフの彼女は反省した様子もない。

 なるほどなあ。ダークエルフにもダークエルフなりの論理があるわけだ。そして魔王は信仰の対象ではないんだな、とも気づいた。大切な主と言えば、その通りなんだろうけど、信仰と言えるほど絶対的な存在ではない。魔族にもさまざまなんだ、と、考えた。

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