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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

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再会

『ねえ、いまなにしている?』

携帯に数字が並ぶ。見覚えのない番号なのに出てしまったのは、眠れない夜にただ、退屈していたからだ。なのに耳元で響いたのは、不思議な馴染みのある声だった。でも思い出せない。誰だっただろう、と考えているうちに唇は勝手に動いた。

「とりあえず知らない番号でも出られる程度に暇してた」
『ええ? だめだよ、もっと用心しないとー』

かけてきた人間が何を云っているか。
思わず突っ込みかけて、覚えのある感触に既視感を覚える。この話している感覚、確かに覚えがあるのに。

そう考えた途端、あざやかな笑顔が脳裏に浮かんだ。ああ、学生時代のクラスメイトだ。相手が番号を知っている理由もわかった。あの頃から携帯番号、変えていないもの。でも名前が思い出せない。

「おかげでお話し出来たんだから、気にしない。そっちは?」
『とりあえずかけたことのない番号でも掛けようとする程度には暇してたー』
「似たようなものじゃない」
『ちがうよー、もおそういうところが大雑把だよねー』
「おおらかと云って。で? どうしたの?」

短く返して、当然の問いかけをしてみる。いまは2時。深夜の1時だ。毎週のラジオ番組を聞き終えて、さあ眠ろうと云う時に受けた電話。いささか常識を外した時間帯なのだから、なにか切羽詰まった事情があるのだろう。

『んー、別にー』

ところが返ってきたのはそんなとぼけた返事だった。おいこら。反射的に口にして、ケタケタと笑い声が聞こえる。ああ、と察するものがあった。ふう、とわざとらしく溜息をつく。

「まあいいけどね。明日は休日だし」
『そうそう休日だしー?』
「でもお肌の年齢的にはそろそろ休みたい」
『ぎゃー。いやなことを云うー』

たぶんなにか抱えているものがあるんだろうと思う。さっさと話せとも思う。でも話しにくいならそれもいいか、とも思う。この子、友達じゃないのに。確かにかつてはクラスメイトだった。衝動的に携帯番号を教えたかもしれないけど、今じゃ付き合いはまったくない。長話に付き合う義理もない。なのにこうして会話を続けている。

(どうしてだろ?)

自分自身に問いかけてみて、その空々しさに笑った。どうでもいいという本音に気づいたからだ。生ぬるい夜。眠れない自分。持て余した気持ち。たぶんそんなところがあたしと彼女の会話を続けさせている。会うつもりはない。そんな雰囲気はまったくない。

ただ、声を交わしていた。お互いに、時間を持て余していたから。
理由なんて、夜更かしする意味なんて、たぶんその程度でいい。

003:再会▼
(現代もの 十年ぶりに会話する旧友たち)

人間関係の面白いところは、出会ったときに親しくなれなくても歳月が経った後で親しくなれるという事態があることです。第一印象は全く当てにならない。育む理由も偶然が続いたからとか都合がよかったからという理由だったりする。だから面白い。この2人がこの後、再会の約束するか、どうか。――恋愛ものを考えていましたけど、「秘密」が恋愛ものだったので友情ものに切り替えてみました。

2011/07/14

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