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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

資格が職探しに役立ちますか? (4)

なおも言葉を返そうとして、キーラは『気づいた』。
 口を閉じて、腹底に力を集める。アレクセイから視線を外し、あちこちに視線を飛ばす。
 誰かが、自分たちを見ている。それもひどく嫌な感触だ。だが、その姿が見つからない。
 眉をひそめたところ、いつの間にか、接近していたアレクセイが楽しげな口調で呟いた。

「嬉しくなるくらいのタイミングですね。まさか本当にあなたを巻き込んでくれるとは」
「あなたの敵なの!?」

 思わず叫んで、しまった、と呻く。

(巻き込まれないように距離を置くつもりだったのに!)

 いささか薄情な思考かもしれないが、紛れもなくキーラの本音だ。
 まさか本当に、このアレクセイを狙う厄介事に巻き込まれるとは、と、続いて考えた。
 なにせこの港湾都市は、中立であるがゆえに、護りも徹底している。マーネの市長は自警団を結成し、高位魔道士に守護も依頼している。すなわち、物理的にも魔道的にも護りを強化している街なのだ。一国の王子たるアレクセイがふらふら出来る、本当の理由はこれである。

 だからこそ、街の内側から芽生える騒動には少々弱い。

 ゆらりと現れた人を認めて、キーラはそんな噂を思い出していた。現れたのは、先ほど彼女に絡んできた傭兵たちである。仕返しに来たのだとは思えなかった。なぜなら彼らの表情は茫洋としており、魔道によって操られている特徴を示していたのだ。
 腹底に力を集めたまま、傭兵たちを見据えて、キーラは口を開く。

「なら、あなたが撃退すべきね」
「おや、護ってくれないんですか?」

 楽しそうに応じるアレクセイを、じろりとキーラは横目で睨んだ。彼には余裕がある。

「護衛を置いてきたのは、あなたの判断でしょ。だったら自分で責任を取りなさい」
「つれないですね。まあ、おっしゃる通りです」

 云いながら、アレクセイはスラリと剣をさやから抜いた。そのまま構える動作を眺めて、キーラは少しばかり目をみはる。とてもなめらかな、隙のない動きだった。明らかに戦い慣れている姿に、どういう王子さまなのよ、と眉をひそめる。

 それに、と、アレクセイが構えている剣にも目を向けた。

 いままで目を向けていなかったが、装飾性などかけらもない。さやも同様だ。どこまでも実用本位な造りに、戦士としての姿が透けて見える。それは沈着で頼りになる戦士だ。ならば力を解散させようか。キーラは迷う。だが結局はそのままに、進み出る彼を見守る。

 正直に云えば、この場から逃れたいと願っている。

 先ほども考えた。巻き込まれるのはごめんだ。なし崩し的に報酬を支払われるのも、依頼から逃れられなくなるのも。だが、いま、この瞬間に逃れることは無理である。

 なぜならこの場には、空間を区切る結界がある。傭兵たちが現れたと同時に張り巡らされた結界はずいぶん念が入っており、キーラでも解くには時間がかかりそうだ。結界の内側にいるから、理の問題から破壊は出来ない。アレクセイが健闘するとはいえ(これは決定事項)、粘着気質な魔道士(これは偏見による私見)に操られた傭兵たちがその隙に襲い掛かってきてはたまらない。集めた力はそのまま、自衛のために使おう、と、対峙する三人をキーラは眺めた。

 剣を抜いたアレクセイに対して、傭兵たちも剣を抜いている。さすがに普段の笑みを消したアレクセイは、じりじりと囲い込むように迫ってくる傭兵をうかがっている。一対二。普通に考えれば、アレクセイが不利だ。だが単純に物事は運ばないだろう、と、キーラは考えた。相手が複数であっても、一対一になるよう、配置を考えれば切り抜けられる。キーラが知る事実を、アレクセイが知らないはずがない。

 均衡が、急に崩れた。傭兵たちがアレクセイに襲いかかる。

 同時に動いた傭兵たちは、しかし、大味な動きを見せた。アレクセイがさっと飛び退る。ばらばらに態勢を崩した傭兵に対し、彼は容赦なく剣を振るった。思わず目をつむる。だが人の肉を断つ気配は伝わってこなかった。代わりに重い音が響く。目を開ける。アレクセイと傭兵は向かい合っていた。ただ、一人が地面に倒れている。血は飛び散っていない。ちらりとアレクセイがキーラを眺めて、ふと苦笑した。

「婦女子の前で血を流すわけにはいきませんから」
「お気遣いくださり、どうもありがとう」

 そんな状況ではないでしょう、という突っ込みをしたかったが、つい礼を云っていた。
 だがそんな余裕は吹き飛ぶ。倒れていたはずの傭兵が、むくりと起き上がったのだ。アレクセイの攻撃は、打撲という形で現れていたらしい。不自然に動かない個所がある。だが痛みを感じている様子もなく、再びアレクセイに向かう。動じた様子もなく、アレクセイは迎え撃つ。この期に及んでも、彼は本当に助力を求めない。キーラは舌打ちした、自分に対してだ。

(なに、のんびり眺めているの!)

 傭兵たちは、何者かに操られている人形だ。ならば操り主を探せばいい。
 集めた力をうすく辺りに広げていく。蜘蛛の糸のように張り巡らせて、やがて、引っかかる箇所を捉えた。残った力をキリのように集中し、その方向に解放させる。炎の特性を与えた。たとえ火事になったとしても、ここは海のほとりだ。すぐに消し止められる。

 何者の姿も見えない、そんな箇所に向かった力は、何ものかに散らされた。

 ただ、姿を隠す魔道は、潰えたらしい。いままで見えなかった存在が、そこに、いた。
 白髪に茶色い瞳の老人だ。象牙色のローブをまとった魔道士は、キーラを見据えて詠唱のために口を動かす。キーラは再び、力を集め始める。いま程度の力を散らすことが出来るのなら、もっと多くの力で攻撃してやる。これでも紫衣の魔道士だ。老人は集まる力に攻撃力の高さを感じ取ったのだろう。傭兵の一人がこちらに向かって来た。集めかけた力をとっさにそちらに振るう。失敗だった。炎を蹴散らして、なおも傭兵は向かってくる。

「キーラ!」

 表情を変えたアレクセイが叫ぶ。傭兵と切り結んだままだから、キーラを助けられない。迫ってきた傭兵は、大きく剣を振り上げる。キーラは無駄とわかりつつ、右腕を掲げて頭をかばっていた。

 ぱりぃぃぃん、と、砕ける音が高く、その場に響いた。

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