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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

資格が職探しに役立ちますか? (5)

しゅ、と、空を切り裂く音が響いた、気がした。

 きん、と小さく張りつめた音が続く。傭兵のふりあげた剣がはじかれる。黒い影が、キーラと傭兵の間に滑り込んだ。広い背中が前に立つ。はっはっと荒い呼吸が口から洩れる。どくどくと鼓動が脈打っている。自分の前に立つ男の名前を、キーラは茫然と呟いた。

「セルゲイ」
「お待たせしました、殿下」

 低い声が、アレクセイに向かう。キーラは見事に無視されてしまったが、それでも窮地を助けてくれたことに感謝した。黒髪黒瞳のセルゲイは、すでに抜いていた剣で傭兵をけん制する。視界の隅にはアレクセイが傭兵を打ち払う姿があった。だが傭兵は倒されても復活するだろう。このままではいつか力負けするのでは、と考えたキーラが再び力を集めた瞬間、淡々とした女の声が響いた。

「そこまでにして、侵入者」

 聞き覚えのある声に緊張がほどける。やわらかな、別の女の声が続いた。

「そちらの方々を返していただきますわ。彼らには、あなたの操り人形とならねばならない理由はありませんものね」

 くすくす、と軽やかな笑い含みの声が、魔道士ではなくキーラに話しかけてくる。

「失態だのう、キーラ?」

 ぐっと言葉につまりながら、二重の意味でキーラは安堵した。

 まずは単純に窮地を救われ助力を得られたことに対して、次いでは彼女たち三人が現れたと云うことは市長もこの事態を察しているということに対してだ。

 唐突に現れた三人娘こそ、市長の依頼によってマーネを魔道的に護る魔道士たちだ。まったく同じ顔をした娘たちは、それぞれ、カールーシャ、メグ、リュシシィと云う名を持つ。位こそキーラに劣るが、三つ子ならではの特殊能力を持ち合わせていた。互いの魔道を増幅させるその能力を用いれば、黄衣の魔道士を優に上回る。だからこそ解きにくい結界を一気に破壊し、セルゲイをキーラの元に送り込むことが出来たのだ。

 いま、傭兵たちにはアレクセイとセルゲイが対峙し、操り主にはマーネの護りを担う三人の魔道士たちが対峙している。

 ならば事態の収束は任せてもいいだろう。そう判断したキーラは力を解散させた。

 真紅色のマントをまとったリュシシィが物云いたげにキーラを見つめる。だがかまうものか。確かにこのままでは紫衣の魔道士としては名折れだが、飲食店店員志望のキーラとしては気にするほどのことではない。さらに、いざというときに活躍できないキーラを認めて、アレクセイたちが依頼を諦めてくれれば、めでたしめでたしだ。

(まあ、後が怖いから、逃亡だけはしないでおくけれど)

 さて、これで敵はどう出るか。

 傭兵たちの動きは、明らかに鈍くなっている。操り主たる魔道士が、動揺している表れだ。アレクセイたちが傭兵たちを突き放し、たんぽぽ色のマントをまとったメグが傭兵たちに力を向ける。操り糸を切った。傭兵たちは今度こそ動かない。アレクセイもセルゲイも、もう傭兵を気にしない。キーラの攻撃によって姿を現した魔道士に向かっている。三人娘たちの残る一人、深い紺色のマントをまとうカールーシャが二人を援護していた。魔道士の攻撃はすべて弾かれる。このまま捕まえられるか、と思いきや。

「ええい、忌々しいっ」

 魔道士はひとこと叫んで、首からペンダントを引きちぎった。

 そのままペンダントを天に突きだし、大きく息を吸い込む。キーラには直感的に、魔道士がなにをしようとしているのか、理解できた。細かなことはすべて後回しにして、瞬時に右手に力を束ね、魔道士が掲げているペンダントにぶつけた。再び、力が拡散する。魔道士はわざわざキーラを見て、にやりと笑った。試みは成功した。キーラは、魔道士を見据える。次の瞬間、魔道士は大声を張りあげて、姿を消した。

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