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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

契約

居心地の良い部屋で、居心地の悪い感触を覚えている。

ふかふかのじゅうたんと天蓋つきのベッド、装飾過剰の衣装棚。笑ってしまうほど典雅な貴族風のインテリアだ。二重になっているカーテンを開けてみれば、無粋な鉄格子が見える。溜息をついて、ふかふかしたベッドに戻った。向かう視線の先には、形の良いふくらはぎをあらわにした金色の髪をした美姫がいる。

「……わたしが云うのも微妙だが、おまえ、娘の名誉を守ってやろうと云う気はないのか」

魔女が苦言を弄したのは、この場には2人の少女以外の人間がいたからである。

白金色の髪を解き流した端正な男、イストールはさしたる感慨もなさげに黙って給仕をしている。本来彼の仕事ではないのだが、主の本性を出来るだけ隠しておきたいという衷心のなせる業である。金髪の皇帝陛下はにやりと唇をゆがめて見せた。

「この場にいるのはおまえとわたし、そして腹心の部下だけ。ならば多少は羽目を外しても構うまい?」
「ならば問いを変えよう。おまえは娘の意思を守ってやろうと云う気はないのか」

アルシード、と友人を呼ぶ響きで魔女は皇帝を呼んだ。彼女には金髪の美姫に透かして、老いた皇帝の姿が見える。

かつて一度だけ緊急事態になった時に顔を合わせた少年はもはやどこにもいない。ここにいるのはその記憶を受け継いだ、ゆがんだ皇帝、すなわちこの箱庭の管理者だ。アルセイドを気にかけながらも、魔女は旧友の答えを待った。

にやり、と、麗しき皇帝陛下は笑う。

「アルテミシア」

途端に突き刺すような痛みが心臓に発生した。たらたらと脂汗が流れ出て、思わず胸元抑える。
左手をついて、きっと皇帝を睨んだ。

「その名を呼ぶな……っ」
「どうして、アルテミシア? 少なくとも無粋な役割より素敵な名前じゃないか。だから娘の1人にも、この子にも同じ名前をつけたのだけど」
「その名前に呪いをかけた張本人が何を云う……っ」

くすり、と皇帝は笑って、上体をベッドに倒している魔女の顎を掴んだ。額はじっとり汗で滲んでいる。
ねえ、アルテミシア。
囁くように告げると、ぴくん、と魔女は身体を揺らした。

「その呪いはね、解くのは簡単よ。アルテミシアという名前に由来する過去をすべて記憶から捨てればいいんだもの」
「気持ち悪い女、言葉など使うな、愚か者め」
「では、――アルテミシア。そなたに捨てられないものがあるように、我らにもこのルナに捨てられないものが出来たのだ」

皇帝としての威厳をまとい、凛然と金色の姫君は告げる。

「たかが箱庭。だがな、ガイアの回復は遅すぎた。我らがこの箱庭に執着する程度には遅すぎたのだよ、善き魔女」

ほっと、魔女は呼吸を取り戻す。ぜいぜい云わせながら上体を起こし、きっと皇帝を睨んだ。

「ガイアの回復が遅れること、初めから承知の上の契約であろう。いかなる理由があっても契約を違えることは許されない」
「であるからこそ、おぬしはもう、竜族の新種であるのだな。人類の側には立てない」
「わ……わたしにはっ」
「長針がいる、か? 繰り返しこのガイアに生まれ、そして死んでいく存在。竜族によってそのように呪いをかけられた存在。憐れなものよな、元はと云えば、我らと同じ皇族の身でありながら、長針であるがために産み捨てられていく定めを負っていくのだから。竜族と交わした契約、だからこそ呪わしい。そうは思わぬか?」

のう?
と皇帝陛下は振り返る。いつのまにかイストールが開いた扉の先には、茫然としたアルセイドが立っていた。

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