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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

復讐

「アルセイド」

そう呼びかけてきた魔女の声音には、あまりにも複雑な調子だった。

呼びかけの響きに胸を突かれ、次いで黄金色の髪をした娘に注意が向いた。誰に教わらなくとも、彼女が帝国皇帝アルテミシアだと理解できる。くすりと含み笑って立ち上がった。

「確かに牢にいるはずの長針がなぜここにいるのか。無駄な質問はするべきではないな」
「おまえが帝国皇帝か」
「不遜な輩よ。敬称をつけずに我を呼びかけるか」
「器が小さいものほど、敬意を押し付けてくると云うな」

そう云い置いて、ベッドの上に横たわる魔女の元に向かう。かろうじて上体を起こしている、といった状態の彼女はわずかにためらいを含んだ眼差しで見上げてきた。ふと唇を持ち上げて笑いかける。

たしかに漏れ聞いた言葉に一瞬だけ自失してしまったが、この状態の彼女を見てしまえばどうでも良くなる事実である。手を伸ばして汗に濡れた前髪をかきあげてやると、ふと目を伏せた。

音を立てて扉が閉められた。扉の近くには、いままでろくに認識していなかった白金色の髪の男がいる。
人形ではないのか、というほど整った顔立ちと、表情をあまり浮かべていない男だ。彼がイストールだ、というささやきを聞いた。改めてみると、人間としか思えない。だが、エルフの長の名前を名乗っている男だ。自然、注意を向けてしまう。

「長針。呪われた我が血族よ」

ゆっくりと立ち上がりながら、呼びかけてきた帝国皇帝に視線を送る。うつくしい姫君だった。

だがアルセイドには別の者が見えていた。老いた男の姿が、その姫君に重なって見えるのだ。誰に教わらなくとも、その男こそが姫君の本質だと理解できる。ふと、そんな自分に疑問を抱いたが、すべて後回しにした。魔女を背後にかばうと、く、と帝国皇帝は笑う。

「お主、誰をかばっているのか、ほんに理解しているのか? 人類の枠から外れた亜種である娘ぞ」
「それなら俺がかばうことも道理があるだろう。俺は呪われた長針だそうだからな」
「そう、長針よ。竜族に呪われているがゆえに、契約があるがゆえに、放り出された我が血族よ。我が元に来よ」
「お断りだね」

ふ、と儚い印象で背中に触れてきたものがある。小さな指先だ。魔女が立ちあがったのだ、と気づくと同時に、その儚い感触が切なくなった。

向かい合ってくる帝国皇帝を、アルセイドは見誤っているつもりはない。

これは故郷を滅ぼした人間、家族を殺す命令を下した人間だ。そしてスティグマの和を乱す人間でもある。つまり純然たる敵である。その事実を見誤るつもりはない。帝国皇帝は切なげに表情を変えてみせる。

「やはり自分を捨てた血族など赦すことが出来ぬか」
「見当違いの憶測はやめてもらおうか。おまえは帝国皇帝、俺の故郷を滅ぼした人間だ」
「そして、おまえもその一族の人間でもある」

ぐっと拳を握りしめる。その事実は、とうに亡くした仲間たちを何か裏切っているような感触を与える。
だが。
背中の儚い感触が、アルセイドを支えた。いまは、感傷にとらわれるよりもするべきことがある。

「だから、それがどうしたんだ?」

冷やかに告げてみせると、初めて帝国皇帝が眉をひそめた。

笑いだしたい衝動がある。この存在にとっては、自分の血族であると云うことが、よほどの切り札だったようなのだ。だが繰り返してアルセイドは思う。自らを見失うつもりはない。

アルセイドは初めから親がない状態で育ち、同じ境遇の仲間を家族とし、――そして血族だと名乗る帝国皇帝に故郷を滅ぼされた人間だ。それが自分だ。それでもこの魔女に命をすくわれ、長針として生きることを心定めた人間だ。

それが、自分という人間なのだ。

「どうした? どうしただと?」

むしろ衝撃を覚えたように、言葉を連ねたのは帝国皇帝の方だった。

「おまえは、本来我が元で育つべき存在であったのだぞ。皇族男子として育つべき人間だったのだ。忌々しい契約のためにおまえを捨てざるを得なかった者らの苦しみ、理解せぬと云うのか」
「そういうおまえは、不当に殺されていく者の痛み、国を奪われていく者の怒りは理解できないようだな」
「大いなる目的のためなのだ。感傷にとらわれていては、大事など成せぬ」

ふ、とアルセイドは笑ってやった。いまの言葉で、多少芽生えかけた感傷はすっかり吹き飛んでいた。
人の生死を大事の前の小事、と切り捨てる。それが自分の血族だというのだ。

たとえ事実であっても躊躇はなかった。

「善き魔女。動けるか」

背後に向けて告げると、きゅ、と、小さな指先がアルセイドの服を握った。
その動きに反した強気な言葉が聞こえる。

「誰に物を云っているのだアルセイド。大丈夫にきまっているだろう」
「意地でも事実にしてもらうからな、その言葉」

云い置いて、真正面に立つ帝国皇帝を眺めた。

胸に浮かんでくるだろう感情は、きっと復讐心なのだろうと思っていた。
だが今味わっている感情は、復讐心などではなかった。
しみじみと、奇妙な生き物を見つめるまなざしで相手を見つめる。

「おまえたちに捨てられる存在でよかった、と心から思うよ」

アルセイドは大切だと思う存在を想う。とうに失った故郷、そこに生きる人々。失われた家族、そして背後の魔女。皇族として生まれたことよりも、そのままこの皇宮で育つよりも、いまの彼はずっと価値あるもののために動いている気がする。

「負け惜しみか。哀れでしかない自らを慰めることへの」
「好きに解釈したらいいさ。故郷を滅ぼされた人間として、おまえを殺したいと思っていた。だが」

目を細めて、最後の通牒を突き付ける。

「もはやどうでもいい。おまえなど、復讐する価値もない」

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