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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

浮島

しゅこーと耳元で響く音がする。初めて身につける服はずいぶんごわごわしていて、アルセイドには動きづらいものとなった。正直なところを云えば脱ぎ去りたい。だがこれがなければ、アルセイドは命を失うという。

まるでレジスタンスの隠し場所がわかっていたように現れたドワーフはそう説明して、この服を渡してきたのだ。魔法使いと魔女が懐かしげに眼を細めて「ウチュウフクだな」と云っていたことよりも、「橋の準備が整った。橋を引き取りに来い」、というドワーフの言葉の方が気になっているアルセイドである。

だがその疑問は、ドワーフの村に辿り着いた途端、霧散した。鉱水の上にぷかぷかと浮いているものがある。その数、ざっと50ばかりか。緑色の小島のようなそれを持って行け、とドワーフたちは告げてくるものだから、アルセイドは困惑してしまった。

「これが、……橋、なのか?」

ふふん、と、以前と変わらぬ恰好をしたドワーフは鼻で笑ってみせる。不恰好だの、と先に笑われたが、どうでもいいことだ。

「人間は固定概念に縛られる。橋と云えば、自分たちが作るお粗末な橋しか連想しないのだから。あの、自然を破壊して作る橋と一緒にするではないぞ。これはドワーフの技術を結集したものだ。ま、多少はエルフどもの知識を借りはしたがな」
「ドワーフの技術を結集……」

思わず繰り返してしまったアルセイドである。
案内した若いドワーフは、む、と分かりやすく表情を変えて振り返った。

「不満がありそうだな」

その様子に慌ててアルセイドは、美辞麗句を用いることにようやく頭が働いた。

「あまりにも高い技術を用いられているからだろうな。俺にはどういう仕組みなのか、さっぱりわからない」
「ふふん、人間、それも今のセレネの人間ならば余計にそうだろうな」

この野郎、とちらりと思ったが、あくまでも表に出さないでおく。
だが正直なところ、アルセイドとしては困惑するしかない。

なぜならドワーフの面々が示す「橋」とは見れば見るほど、浮島にしか見えないのだ。この、ドワーフの地において異彩を放つ、自然の緑色をした小さな小さな島だ。

それを集めて運び出せ、と云われて、アルセイドはついてきたレジスタンスのメンバーと顔を見合わせた。皆、見慣れぬ不恰好な服装をまとっているが、身体がふわふわと動きやすくなっているのは幸いだった。

とにかく云われるがままに採集し、ドワーフが用意した袋に入れる。奇妙な光沢をもつ袋で、これは、用事が終わったら返すようにと云われた。ひとつひとつ、その袋に包みこんで、山と積まれた「橋」にますます困惑は強まる。

「これは、どうやったら橋になるんだ」
「それをこれから教えるところだ。まったく、人間の、それも若造は気が早くていかん」

まず、といってもドワーフが持ち出してきたのは、あろうことか、このセレネ全土の地図だった。赤い印がされているのは、人間が住んでいる場所だ、そのまわりを囲むように青色の線がひかれている。その外にも赤い印があることから、収縮しつつある魔法の境界線だと直に気付いた。ドワーフは、黄色の絵筆を持ってきて、青色の線の内側にバツ印をつけ始める。

「管理人がいる場所からも橋を育てることが出来るとはいえ、すべての人間が管理人の居場所に集まることは出来ぬだろうと考えてな。ルナとガイアを結ぶ橋を分散させて育てることにしたのだ。その為のこの数だ。結構骨が折れたぞ」

その言葉に、ドワーフたちにはこちらの危惧などとうにお見通しなのだと気づかされた。つまり、皇宮以外の場所でもガイアに移住できるようにと「橋」をたくさん用意してくれたのだろう。頭を下げて感謝を示した。ふん、と鼻息が響く。

「まず、このバツ印をつけたところに来たら、橋を袋から出して開放せよ。そうしたら後は橋が自然にその場に根付き、ガイアへの扉までも生成する。何もかも橋に任せればよいのだ。そうすれば、うまく整うように設定を組んでおるからの」

あっという間に地図は黄色く染まってしまった。これならば、わざわざ帝国に集結しなくても人をガイアに移住させることが出来る。アルセイドは、地図を受け取り、そして仲間たちと今後の手順について話し合った。

まず、この地図の写しを50枚作る。ひとつひとつの橋につけて、それを埋めに行く。魔法の収縮の進度までも計算してこの数になったという事実が、アルセイドたちにまだ間に合うのだ、という安心を与えていた。そして、いざ、運び出そうという時になってのことである。

鉱水の水面に大きな影が映り、そして見事な銀竜が現れた。たった一頭、けれどもまわりを圧する威厳はただ事ではなかった。優美に長い首をめぐらせ、アルセイドに目を止める。長い口の端が持ち上がった。

「見つけた。我が義母上の長針どのよ。一族に先んじて、まず我が助力に参った」
「おまえは……」
「竜の若長!」

悲鳴のような声をあげて、ドワーフは地面にひざまずく。その反応に人間たちが戸惑っていると、豊かな笑い声が響いた。竜の笑い声だ。銀色の顔をアルセイドに寄せて、「さあ」とささやきかける。相手が何を云っているのか、察することが出来ないアルセイドは、思いもよらないことを口にしていた。

「おまえは、魔女の子供なのか?」
「否。先の長の甥であり、後継として長の座を継いだもの。長針どのよ、さあ、我の背中に橋をのせるがよい。希望の地まで運ぼう」

わあ、とレジスタンスたちに歓声が広がる。アルセイドは戸惑い、恐縮しきっているドワーフたちを見た。そこには厳然たる上下がある。なんとはなしに感銘を受けながらも、ふと思い出したことがあって竜を振り返った。温かな眼差しでアルセイドを見つめている。

「ひとつ訊きたいことがある」
「なんなりと」
「帝国の第一皇子と第二皇女の人間性を判断することを、仲間はあなた方に委ねたと云った」
「確かに、承った」
「……あの2人は、本当に信じられるのか」

しん、とその言葉を吐き出した途端、沈黙が生まれる。
考え深い眼差しで竜の若長はアルセイドの問いに応えた。

「信じる信じない、の判断は我には難しい。だが我がおまえたちに害を成さないだろうと判断した理由は、男の野心にある」
「野心?」

眉をひそめたアルセイドに、彼は、と若長は続けた。

「ロクシアスと名乗った若者の望みは、ガイアに帰還した後の人類を導くこと。だからこそ、人類に害をなすことはしないと我は判断した」

アルセイドはぎゅっと拳を握りしめた。
竜の若長の言葉は、たしかに充分な説得力で、皇子の行動を裏付けていた。

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