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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

認められる条件として資格は有効でした。 (6)

 ぴかぴかにみがいた甲板は、あっという間に人で埋まってしまった。
 仕方ないことだとわかっているが、みがいたばかりなのだ。思わずキーラは皆の足元を見つめ、「きれいにしてから歩いてええぇっ」と叫びそうになった。理不尽な衝動だとわかっている。だが、人間としてこの衝動は仕方ないと云えるのではないだろうか。

「確かに、変だな」

 遠眼鏡を掲げて、問題となる船を眺めたアーヴィングがつぶやいた。先ほどよりもぐっと近づいてきた船は古ぼけた帆船である。まだ帆を張っているから航行できるのだろうが、船上に動いている影はない。当直すら見当たらないのだ。明らかな異変と云える。遠眼鏡を渡されたアレクセイが、同じように覗き込んで眉をひそめた。

「難破船でしょうか。アーヴィング、嵐の情報は?」
「いや、ない。最近はむしろ、凪のほうが怖いくらいだ。しかし難破船にしたら様子が変だぞ。そもそもなんで航行していられる?」
「まさか、幽霊船とか」

 ぼそっと団員の一人がつぶやくと、「ないない」と皆から総ツッコミが入った。
 まあ、確かに「幽霊」船が、朝から出没するようでは常識もこれまでである。とはいえ、そのくらい、おかしな船だった。さいわい、こちらの航路にぶつかる動きではない。

 だがこのまま放置するわけにはいかない。難破船を発見した者には、この海域を治める領主に報告する義務があるからだ。一応、調査する必要がある。

 だれが調査に行くか。話し合いを始めた団員たちをよそに、キーラは目を細めて帆船を眺めていた。魔力による探りは入れていない、まだ。ただ、なにやら感覚に訴えるものがある。ありていに云えば、いやな予感がするのだ。魔道士として、自分も行ったほうがいい。そう感じたキーラは、アレクセイを呼んだ。振り返った彼に、名乗りをあげる。

「あたしも調査に行くわ。足手まといかもしれないけど」

 するとその場の雰囲気が、直ちに引き締まった。一気に注目され、ひそかにたじろぐ。

「それは魔道士としての申し出か」

 黙り込んだアレクセイの代わりに、アーヴィングが訊ねる。キーラはためらったが、迷いながらうなずいた。団員たちがどよめく。それぞれに顔を見合わせ、口々にささやく。

「おい、魔道士の勘だぜ」
「それも、紫衣の魔道士だぞ」
「うわー、やばめやばめ」
(え、……)

 耳に届く言葉に、むしろキーラのほうが戸惑った。自分の申し出がここまで注目を浴びるとは思わなかった。軽い後悔が、胸をかすめる。だが撤回しようとは思わなかった。思えない。自分は絶対に帆船に乗り込んだほうがいい。そう感じるからだ。

「では、わたしも行きましょう」

 だがアレクセイがそう云い出したとき、キーラはぎょっと驚いた。

(ちょっと、なにを考えてんの!)

 魔道士である自分が、行かなければならないと感じる場所なのだ。穏やかならざる場所だと云っていいだろう。そういうところにむざむざと、目的を持つアレクセイが行っていいとは思えない。慌てふためいてまわりを見渡し、ますます驚いた。だれも止めようとしないのだ。ただひとり、セルゲイが顔をしかめていたが、なにも云おうとしない。

「おまえさんに行ってもらうと安心だが、いいのか?」

 さすがに団長であるアーヴィングは問いかけてきたが、アレクセイは笑顔で応えた。

「かまいません。というより、わたしが行かなければならない場所かもしれませんから」
(え……)

 何のことだろう。まつ毛を上下させていると、アレクセイがこちらを見て、笑った。

「魔道士であるあなたが反応する状況です。わたしは、マーネを思い出しますね」

 はっと息を呑んだ。そうだった。直接襲い掛かってきた魔道士は死亡したが、仲間は逃亡しているのだ。アレクセイを狙った輩が、帆船に潜んで近づいてきている可能性もある。そうだとしたら、彼がここに残ると問題である。アレクセイが敵の目的なのだ。敵がこちらに攻撃して、この船が破損でもしたら大事である。

「いままで、航海中に攻撃されたことはあるの?」
「ありません。でもこれまでと状況が変わらないとは限りませんから」

 その通りだ。警戒するに越したことはない。でもアレクセイが行っても本当にいいのだろうか。
 戸惑って視線を巡らせる。本当に誰も反対しない。するとくすりとアレクセイが笑った。

「そんなにわたしは頼りないですか? これでも『灰虎』の一員として認められた身なんですが」

 王子にして、傭兵集団『灰虎』の一員。確かにマーネでの戦闘を思い出せば無駄な不安だと感じる。そもそも戦いのプロである傭兵たちが異議を申し立てないのだ。いわゆる適材適所というものなのだろう。
 それにしてもなんという兼業、と思いながら、キーラは正直に思ったことを告げる。

「あなたの強みって、やけに調子よく回るその口なんだと思っているからよ」

 すると傭兵たちが吹き出した。豪快な笑い声が響く中で、アレクセイが苦笑する。セルゲイが睨んでくるかと思えば、奇妙に顔をゆがめている。彼であってもいまの言葉は否定しきれないのか。

 かくして和やかな空気の中で、謎の帆船に向かうメンバーが次々と決まった。
 キーラにアレクセイ、キリルにセルゲイ、この四名に、調査を得意とするカジミール、セレスタンという二人の団員が加わって小舟が降ろされた。小舟に移る前にキーラは魔力の探査を行った。帆船から伝わる情報を読み取り、思いがけない内容に眉を寄せる。

「ひとりだけ、甲板の上の操舵室に、ひとがいる」

 他に乗船しているひとはいない。そう伝えると、皆の顔が緊張に引き締まった。

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