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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

詐欺に資格は必要ありません。 (8)

「とりあえずどうする?」

 安心できる距離に戻ったスキターリェツは、あっけらかんと訊ねてきた。なにを考えているのだろう。キーラは注意深く相手を見る。これまでの人生で不可解だと感じる人物とそれなりに出会ってきたが、スキターリェツの不可解さは群を抜いている。

 なぜ、仲間にならないキーラを、これほどかまいつけるのか。

 理由を訊いてみようかと考えた。だがキーラを紫衣の魔道士に押し上げている直感的資質が、満足する答えは得られない、とささやきかけている。問いかければスキターリェツは応えてくれるだろう、だがキーラには納得できない理由なのではないか。

 しばらく沈黙して、やがてスキターリェツから中庭に、さらに遠くに眺められる街へと視線を移した。落ち着いて考えれば、なによりも優先すべきことがある。金だ。

「とりあえず働けそうなところを探すわ」
「へえ?」

 うかつなことだが、身一つでアリアの手を取ったから、先立つものがないのだ。
 ここは神殿だ。奉仕活動を代償に、寝場所を借りるという選択肢がある。だが、ここはスキターリェツたちが根城としている神殿でもある。仲間になることを拒絶したキーラが滞在するわけにはいかないだろう。いや、滞在「しないほうが」いい。

 スキターリェツはくい、と口の端を持ち上げた。声をあげて笑っていないが、やはり楽しそうな表情ではある。

「やっぱり楽しいなあ、きみは。僕が、きみの腕輪を外させないとしても、そう云うかい?」
(なるほど)

 スキターリェツに感じていた不可解さが、わずかに消えた。
 同時に、部屋から強引に連れ出された理由がようやく腑に落ちた。

 マティはキーラの腕輪を外そうとしてくれたが、彼の行動は明らかにおかしいのである。なぜ仲間でもないキーラにそこまで便宜を図ろうとするのか。アリアが世話になったからと云っていたが、仲間でもない紫衣の魔道士を、自分たちの領域内で解放するわけにはいかないだろう。あるいはマティには別の思惑があったのかもしれないが、そこまで推し量るつもりはない。

 だからキーラは胸を張って、堂々と主張した。

「あたしをただの紫衣の魔道士だと思わないでちょうだい。将来の夢はカフェを開くことで、魔道士としての経験値より飲食店の店員としての経験値が高いんですからね」

 ぱちぱちと目をまたたいて、スキターリェツは笑う。

 心から楽しそうに、声をあげて笑うものだから、少々気が抜ける。ぐい、と、右手を取られた。なめらかな指が、腕輪をひと撫でする。たちまち水晶の腕輪は、あざやかな瑠璃の腕輪になった。目を疑って、呪文を行使することなく、幻影の魔道をかけられたのだと気づいた。キーラは愕然とスキターリェツを見つめた。呪文も行使することなく、魔道を行使する。これまでにそれを可能とした人物を、キーラは自分以外に一人しか見たことがない。すなわち魔道ギルドの長だ。

「あなたも、紫衣の魔道士なの?」

 問いかけて、いや違う、とすぐに答えを得た。

 紫衣の魔道士は、他の魔道士と違って、厳密に数を管理されている。世界で十三名しか与えられない位なのだ。十三人の名前と顔をすべてキーラは記憶している。その中に、スキターリェツは存在しない。だから紫衣の魔道士ではない。

 けれど同等の能力がある。そんな存在、これまでに見たことがない。
 スキターリェツは動じた様子もなく口を開く。

「僕はね、色なしの魔道士だよ」
「……スキターリェツ、あなた、そういえば何歳なの?」

 求める答えは得られない。さきほど自分自身で捉えた感覚を思い出しながら、別の角度から質問を繰り出す。「えー?」、なぜかスキターリェツは恥ずかしがる。やっぱりよくわからない人、と思いながら答えを待った。

「十三歳プラス十年だよ」
「……。……どうして二十三歳と答えられないの?」

 いささか謎な答えを得て、キーラは眉を寄せる。

 とにかく求めていた答えは得られた。十年前、ルークス王国が鎖国政策に踏み出したときに十三歳であるなら、魔道士ギルドがスキターリェツの存在を認識していてもおかしくない。

 なのに、なぜだ。なぜこれほどの魔道を扱えるスキターリェツが色なしなのだ。彼が色なしでいられるのなら、キーラこそが、色なしでいなければならないだろうに。

(論点がずれたわね)

 取り戻せない過去を思い出している場合でもなければ、もしもと云う仮定を頭の中で練りまわしている場合でもない。問題は、スキターリェツがなにものであるのか、と云うことだ。
 だがキーラは、ふ、と息を吐き出して、ベンチから立ち上がった。

「というわけだから、もう街に行くわね」
「え、もう? 僕の年齢をきくだけきいて、それで放置プレイするの?」

 なんだか、訳の分からないことを云い出している。追いかけるように、慌てて立ち上がったスキターリェツから、ななめに視線をそらしキーラは憂いを込めて告げた。

「だって本当に、あなた、うさんくさい人なんだもの。くさいものには近寄るな。これって世渡りの基本じゃない」
「ひどっ。僕は毎日お風呂に入っているよ!」
「匂いって、人の好みがいちばん現れるところなのよねえ」

 わざとずらした会話を互いに交わしながら、神殿の出口に向かう。スキターリェツが先に立って歩き出した。キーラの行動に異議はないということか。腕輪を指で探る。いま、この腕輪がなければ。先を歩くスキターリェツを、細めた目で見ながらキーラは思った。

 この人が行使する、力の波動がどれほどのものか、推し量ることができるのに。

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