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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

資格が無効になる日 (13)

 喰われる。貪られる。消えていく。

 かつてロジオンの記憶を通して、知っていた感触だ。だが、経験したくなかった。痛みはない、手足が実際に食まれているわけではない。けれど自分が削られていく感触だ。魔道能力が、自分から消えようとしている。留めようとする余地などないほど、涙があふれ、流れていった。生理的な涙なのか、それとも、精神的な衝撃による涙なのか。わからない。でも徹底的に、食われていく感触だった。

 どこまでも貪欲に、容赦なく、なにもかも。 

 ――――どのくらいの時間が、流れたのだろう。 

「キーラ!」 

 だれかが呼んだ気がした。 
 けれどもはやどうでもよくて、呆然と動かないでいた。失われた、なにもかも。

 ぽかり、と放り出されても、なにも見えない。わからない。大気にあふれている力は、まったく見えなくなっていた。魔道能力が喰われたからだ、と、よくわかっていた。 

 落下し続けて、どさり、と温かい感触が受け止めてくれた。ばたばたと駆け寄る気配がする。ああ、そういえば。記憶を探った。ロジオンも同じように放り出されていたっけ。 

「キーラっ?」 

 おそろしい災いが遠ざかっていく。彼らがなにかしたのだろうか。でも自分を抱えてくれている、圧倒的に安心できる気配がだれのものなのか気づいて、ようよう、キーラは顔を動かしていた。あざやかな緑色の瞳を見上げて、「ごめんなさい」、つぶやいたのだけど、無様に掠れていたから聞こえなかったかもしれない。アレクセイはぎゅっと眉を寄せた。

「あたしの力、喰われちゃった……」
(だからもう、あなたの力になれないわ) 

 心のなかで云い直して、キーラはまぶたを閉じた。ひと筋、流れていった雫が悔しくてたまらない。あの子の願いも、あなたの願いも、叶えられなくなった。最後の意識の欠片でそう考えて、再び、キーラは意識を失った。

 次に意識を取り戻したとき、今度こそ、やわらかい感触に包まれていた。

 清潔な匂いがする。ほう、と安心して息を吐き出して、ぱちりと目を開けた。今度も見知らぬ部屋にいるようだ。ただ、心地よく整えられた部屋だった。窓から夕陽が差し込んでいて、窓際に佇むひとを照らしている。目を細めて、キーラは口を開いた。 

「じいさま……?」 
「目が覚めたのじゃな、キーラよ」 

 かすかにきしんだ声で応えて、ギルド長はゆっくりキーラが横たわる寝台に近づいた。 

 驚いた。いっきに老け込んだように見える。思わず手を伸ばせば、しわだらけのかさついた手が、握り返してきた。なんとなく安心して、へにゃりと笑った。 

「どうしたの、じいさま。疲れているみたい」 

 そう問いかければ、ギルド長は笑った。
 ただ、笑顔とは感じ取れない微笑みだった。哀しみが形作る、痛ましい微笑に、キーラも哀しくなる。ぎゅ、とギルド長の手を握れば、同じ強さで握り返される。 

「……おぬし、自分の現状をわかっておるか?」 

 そろりそろり、と慎重な様子で訊ねられ、ああそうか、とキーラは唐突に気付いた。 
 ギルド長は、自分に起きた出来事に衝撃を受けているのだ。後継と見込んだ娘が魔道能力を失ったから、――――ううん、ちがう、と閃いた考えを自分で否定する。 

(じいさまはそんなことを嘆いているわけじゃない)

 もっと深く、もっとやさしい理由でキーラを案じているから、ギルド長はこうして憔悴しているのだ、と気づいた。泣き出したくなった。でもいま、泣き出してしまったら、ギルド長の哀しみがますます強くなる。だからわざと甘えることにした。 

「じいさま。あたし、お腹空いた」 
「ほ」 

 さすがに驚いたようにギルド長は目をみはって、崩れるように、今度こそ本当の微笑みを見せた。ああ、よかった。安心したキーラから、ギルド長はゆっくり手を放した。 

「では、消化にやさしい粥でも用意するかの。甘い粥が良いか、辛い粥が良いか」 
「甘い粥」 
「ふむ。ではひさびさに腕を振るうか。待っておれよ、キーラ。いま、じいさまがとっておきの粥を作ってやるからの」

 云いながらギルド長は部屋を出て行く。ぱたんと扉が閉じる音が響いて、キーラは握り込まれていた手のひらを見つめた。温かな感触が流れ込んだ気がする。だが、それだけだ。力はまったく見えない。試しに魔道を発動させようとした。でもなにも変わらない。

 なにも、起こらない。災いに能力を喰われてしまったからだ、と、よくわかっていた。

(なんだか、あっけないなあ)

 心のなかでつぶやいて、キーラはとろとろとまぶたを閉じた。

 ギルド長が戻ってくるまで、たぶん、充分な時間がある。それまで休んでいよう、と考えた。甘えている、と、よくわかっていたが、いまはまだしっかりしていられなかった。 

 疲れていたのだ、とても。――――とても。 

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