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「24時間、料理の注文を承ります。」

公開している創作を大幅に書き直して、2022年11月、文芸社より発行していただきました。

現在、発売中です。

試し読み

変。

「変なのです」

僕の執務室に飛び込んできた義妹は、開口一番、そう言った。

いつもならば「知ったことか」と追い返すところだけど、ちょうど昼食を終えたばかりの時間だった。執務に戻っていたものの、どこかまったりとした気分を切り替えたくて、僕は書類から目を上げて「なにが」と短く訊ねた。

両手を胸元で組んだ義妹は、表情だけはキリッと引き締めて言葉を繰り返す。

「変なのですわ」
「だからなにが」

僕もそう繰り返してやると、義妹は眉をひそめる。

「アルバートとクリスティーナです。お兄さまはお気づきではありませんの?」
(ああ、そのことか)

義妹が告げた知己の名前に、力が抜けた。

再び書類に視線を戻しながら「あの二人、恋人になったんだよ」と教えてやる。

僕にとって自明の理だった事実は、ようやく公然の事実になってくれた。あの二人は想いあっていると誰の目にも明白だったのに、当人たちはなかなか気づかないから、僕はもどかしい気持ちにさせられたものだ。

やれやれ、という気持ちになりながら、顔を上げて義妹を見た僕は、わずかに息を呑んだ。

義妹は言葉を失っていた。同時に、ひどく青ざめている。

僕が告げた言葉が、義妹にそれほどの衝撃を与えたのだ、と気づけば、さすがに察するものがある。鈍感であれ。僕は自分に命じた。慎重な心地で表情を取りつくろう。僕は義妹の気性を知っている。知己たちの、いいや、義妹にとって護衛と友人である彼らの、慶事を喜べない自分を受け入れられる義妹ではないのだ。

だから僕は、義妹の名前を呼んだ。

ハッと義妹は我に返ったようだった。笑みを浮かべる。まだ青ざめているから不自然な微笑みになっていたけれど、この子のいつもを思えば頑張ったほうだ。義妹は自分をとりつくろおうとしている。僕は、鈍感な兄を装った。

「寂しいのかい」
「え、--ええ、そうですわね。驚きましたけれど、それ以上に、わたくし、寂しい、のですわ」

そういう言葉を口にしたことで、義妹は方針を決めたらしい。自分は寂しいのだ。そう言いたげに、頬をふくらませてみせる。いつも通りの義妹らしい仕草に、僕の胸はちょっと痛んだ。

「まったくアルバートもクリスティーナも。わたくしにそんな大事なことを隠しておくなんて! あり得ないと思いません、お兄様?」

鈍感な僕は、口の端で笑ってやる。

「いまはまだ、おまえに報告するなんて思いつかないんだろう。少しだけ、待ってあげなさい。そのうち、彼らのほうからおまえに言うだろうから」
「……お兄さまがそうおっしゃるのなら、しかたありませんわね」

いかにも、しぶしぶ僕の言葉を受け入れたそぶりを見せて、義妹は息を吐いた。しかたがないと言いたげな表情は、さきほどの仕草よりずっと自然だ。このわずかな時間のうちに、嘘が上手になっていく義妹に、僕は複雑な気持ちになった。

けれど、表には出さない。

「よろしいですわ。お兄さまに免じてあの二人を許してあげることにいたします。--お仕事中、失礼いたしました。どうぞ無理はなさらないでくださいませね」
「ああ、ありがとう」

僕を労わりながら、義妹は一礼をした。顔を伏せたそのとき、義妹は深い憂いを漂わせた。けれど、一瞬だけだ。扉を開けて出ていくころには、いつもの義妹だった。

一人に戻った執務室で、僕はそっとつぶやく。

「僕の『変』には、おまえは気づかなかったのにね」

僕の心はもうずっとむかしから、義妹に対して「変」になっている。

041:変▼
(ファンタジー 王子と姫)

変というお題を見てから、ずっと頭にあった状況なのですが、物語にすることがなかなか難しかったです。大切な友人たちの「変」にようやく気づいた姫君と、その姫君の「変」を見届ける兄王子のお話。ちなみに、この二人は従兄妹です。優れた王兄の息子が諸事情につき王さまになった弟(姫の父)の養子になって王太子になったとか、そんな事情が思い浮かびました。禁断の関係にはなりません。今後も姫は兄王子の「変」には気づかないままですね。

2023/09/21

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